法治と人治

【大紀元日本4月30日】中国には悠久の歴史がある。その昔万国と称された無数の小国の集まりから収斂を繰り返し春秋戦国を経て秦の始皇帝が統一を成し遂げ大帝国を築いて以来、今に至るまで幾多の王朝の盛衰があった。古人が「秦長城を築いて鉄牢に比せども尭階三尺の高さに及ばず」と詠い強権政治を批判し徳治を渇仰した記録も残っているが、中国の歴史は常に人治と法治の相克の歴史でもあった。中華人民共和国の建国以来、すでに人間の一生にも相当するだけの時間が経過したが、その間に中国共産党の各級権力者が急速に権力や拝金主義に汚染され、既得権益の確保に汲々としているのが今日の中国ではなかろうか。急速に増加している資産家のかなりの部分、実質その9割が所謂太子党つまり共産党幹部の子弟やその縁者達であると言う話もある。事の真偽は分からぬが恐らくは権力と結びついた動きの典型であろう。汚職官吏の追求にも懸命には見えるが、スローガン程の成果は上がっておらず、むしろ現政権と上海閥の権力闘争の用具にすら使われているのではないかという憶測すらあり、上海市の高官達が逮捕されたという記事も暫く新聞を賑わしたのは記憶に新しい。最近の新聞によれば何と汚職摘発の任務を帯びた本家本元の官僚までが巨額の汚職で逮捕されたと云う話まである。

その中国では盲流とか農民工と称せられる2億とも言われる無数の出稼ぎ労働者達が劣悪な環境の元で中國経済の発展の底辺を営々と支えており、一方では9億の農民の生活が依然遅々として進まず、沿海省市の繁栄に比べ大きな社会問題になっているそうだ。年間8万件を超えるという農民の暴動や騒乱が発生しているという痛ましい情報も後を絶たない。北京には直訴や請願の人達が劣悪な環境の元に何時叶えられるかも判然としない状況にも拘わらず必死に直訴の機会を待つ一方、酷いことに官憲がその人達を強引に排除したり無情に追い返すケースも少なくはないと聞いているが、その根本原因は一体奈辺にあるのだろうか。直訴を願う人達も千差万別であろうし、中には冤罪を晴らそうとする人達も多いのであろうし、理不尽に土地を収奪された農民の代表者も大勢いるのではあろうが、そもそも何故に彼等が直訴という究極の方策に縋るのだろうか。幾ら制度としての直訴があるとしても元々地方にも各級の人民法院があろうし、仮に下級法院で敗れても上級の裁判所に控訴することは論理的に可能な筈であるのに何故わざわざ遠隔地から上京して不便な生活を強いられながらも敢えて中央政府に直訴や請願をしようとするのか。実際には、まともな宿泊施設にも滞在出来ず、巷間では上訴村とも称される貧弱な施設とすら云えぬようなところに寝起きしながら只管直訴の機会を願うにはそれなりの理由がある筈であろう。

中国は歴史的に見ても人脈がものをいう社会である。さりとて要路の領袖や幹部に知己がいるのはほんの一握りのエリ-トのみであり、そのようなエリート達は結構要領よく問題を解決するだけの力を備えてもいようが、地方の農民にはとても考えられぬ画餅であろう。まして、抗争する相手方が当局つまり地方の各級人民政府やそれを後ろ盾とする企業であれば尚更の事であろう。当然の事ながら彼等は強固な横の繋がりを持ち、三権分立の建前とは別に、実態では各地方に強固な人脈からなる独特の地域社会があり、程度の差こそあれ利益共同体となり、司法や裁判にすら堂々と干渉するだけの権力や基盤を堅持しているのが実情ではないのか。残念なことにその殆どに共産党の各級党員が強い影響力を持っているのであろう。もし当局の各級幹部が清廉潔白な人士、昔から清官という言葉で表現されてはいたが、その清官ですら清官三代とまで云われた程役得が多かったと言われる中国ではあるが、地方人民政府つまり各級の行政、司法当局の責任者が本来の人民に服務することを使命とする清廉な官僚で占められてさえおれば、ここまで農民が窮する事態には為らない筈ではないか。行政、司法の隅々にまで徒党を組む手合、それも正規の共産党員幹部やその意を忖度する連中が盤居するからこそ、何の救済措置も持たぬ農民にとって直接国務院直属の機関に請願するのが残された唯一で最後の望みなのであろう。痛ましいことにその請願が叶えられる可能性は極めて低いのみか、却って相手方の妨害工作による報復や隠蔽の結果、労改送りを含め悲惨な境遇に陥る可能性すら多々あることを熟知しながら何故、それ程までに直訴する人達が後を絶たないのか。

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