新しい研究は、アルコールと脳の健康に関する長年信じられてきた考えに疑問を投げかけ、驚くべき発見を明らかにしました。それは、認知症から脳を守るためには、安全とされる飲酒量は存在しないという事です。
研究者たちは、少量から中程度の飲酒であれば、逆に認知機能に利益をもたらすのではないかという考え方は正しくないとする証拠を発見しました。この研究は、アルコール摂取と認知症発症リスクの増加を紐付けしたものです。
認知症の患者数は増加傾向
世界的な予測によると、認知症を患う世界の人口は、2019年の5700万人から2050年には約1億5300万人にまで膨れ上がると見込んでいます。この傾向は、特にアルコール摂取のような既知の修正可能なリスク因子に関する研究が進む中で、効果的な予防戦略の緊急性を示しています。
イギリスの「臨床医学誌」 に発表された研究では、遺伝的要因に基づいて予測されるアルコール摂取量の増加は、現在飲酒している人々の認知症発症リスク増加と正の相関関係を示していることが明らかになりました。
この研究結果は、どのレベルのアルコール摂取であっても認知症予防において安全ではないことを示しています。
大量の飲酒が認知症のリスク因子として広く認識されている一方で、少量から中程度の飲酒と認知症との関連については、依然として議論の余地があります。
過去の研究には、いわゆる「禁酒者バイアス」と呼ばれる偏りが見られることが多く、これは非飲酒者が健康状態や認知機能がより良好な飲酒者と比較され、歪められた結果になる可能性があるというものです。こうした分析では、研究開始前の認知機能の低下や既存の健康状態との相互作用が考慮されていないことも多々あります。
アルツハイマー協会の科学プログラムおよびアウトリーチ部門の上級ディレクターであるクレア・セクストン氏は、少量から中程度の飲酒の影響については、依然として疑問であるとエポックタイムズに語りました。
セクストン氏によると、「中年期以降の成人において、飲酒しない人と比べて少量から中程度の飲酒が認知機能低下のリスクを低くする可能性がある」と示唆する研究がある一方で、「中程度のアルコール摂取でも海馬の体積減少など、脳への悪影響と関連している」とする研究もあるといいます。
高度な遺伝子技術
今回の研究では、 現在飲酒している約31万4千人の白人イギリス人成人を対象として、 UK バイオバンクのデータを調査しました。彼らは、観察研究によく見られるバイアスを軽減するために、高度な遺伝学的手法、特にメンデルランダム化(MR)を用いて、少量から中程度のアルコール摂取と認知症リスクとの直接的な関係を調査しました。MR とは、修正可能な因子が疾患などの異なる結果を引き起こすかどうかを明らかにするために、遺伝的変異を利用する手法を指します。
参加者は自身の飲酒習慣に関する情報を提供し、研究者たちは約13年間にわたり、病院記録や死亡記録を通じて認知症の発症を追跡し、記録された平均のアルコール摂取量は週あたり13.6単位で、参加者のおよそ半数はイギリスが推奨する週14単位の上限を超えていました。
男性は女性よりも多くのアルコールを摂取しており、男性の週平均摂取量は20.2単位、女性は9.5単位でした。興味深いことに、推奨上限を守っていたのは女性の方が多く、女性では68.6%が守っていたのに対し、男性はわずか34.2%でした。
研究者たちは分析の中で、いわゆるJ字型のパターンを観察しました。すなわち、少量の飲酒(週11.9単位)が最も低い認知症リスクと関連し、消費量が増えるとリスクも上昇し、特に男性では週16.8単位の飲酒量の時に最も低い認知症リスクが示されました。
このJ字型カーブは適度な飲酒には利点効果がある事を示唆しているものの、今回、研究の遺伝学的分析はより複雑な現実を明らかにしました。
飲酒に対する遺伝的傾向
研究結果によると、より多くのアルコール摂取量と関連する遺伝子を持つ人、特に女性は、認知症を発症する可能性が高いことが示されました。これはアルコールが認知症リスクを高める上で直接的な役割を果たしている可能性を示しており、特に多量に飲酒する人においてその傾向が強いという結果になります。一方、男性の場合、アルコールのリスクは喫煙などの他の関連リスク因子によって覆い隠されている可能性があります。
この研究は、アルコール摂取量と認知症発症の可能性の間に直線形の関係があると結論づけており、適度なアルコール摂取が予防効果をもたらすとした従来の疫学的研究結果と矛盾しています。
MR解析によると、こうした予防効果の主張は、「禁酒者バイアス」や、参加者の社会経済的地位に主ねないといった考慮されていない交絡因子に起因している可能性があると考えます。
「この研究は、現在飲酒している人々において、アルコールの摂取量が多いほど認知症の発症率が高くなることが判明しており、『安全な』アルコール摂取量は存在しないことが示された」とセクストン氏は述べました。
研究者たちは、結論を強化するために直線形および非線形のMR解析を組み合わせたが、同時にいくつかの限界があることも認めています。その中には、飲酒習慣が自己申告に基づいていることや、UKバイオバンク参加者の人口統計学的均一性が挙げられ、これらが研究結果のより広範な集団への適用性に影響を及ぼしたと思われます。
少量から中程度の飲酒と認知症との間に見られる予防的関連は、適度な飲酒者に多く見られる健康的なライフスタイルの選択や、アルコール摂取パターンに影響を与える社会経済的要因によって交絡している可能性があります。飲酒行動は多くの生活習慣要因と関連しており、これらは従来の疫学研究では制御することができませんでした。こうした限界は、アルコール関連の疫学研究における交絡因子および逆因果関係の課題を浮き彫りにしました。
「重大な」影響
ワシントンのジョージ・ワシントン大学病院に所属する認定神経科医のアシシュ・グラティ医師は、エポックタイムズに送った電子メールの中で、アルコールは脳の健康に大きな影響を及ぼし、「特に記憶や認知を司る領域に影響する」と述べました。
彼女は、アルコールの主要な成分であるエタノールとアセトアルデヒドの2つは神経毒性を持ち、特に記憶の形成や空間認識に重要な海馬において、脳の炎症や構造的変化を引き起こす可能性があると述べました。
「研究によると、海馬はアルコールに特に脆弱であり、適度な摂取であってもその萎縮を引き起こす可能性があることが示されています」と彼女は述べた。「さらに、アルコールの使用は脳全体の萎縮にも関与し、白質の統合性を損ない、脳機能に影響を与える可能性があります」
グラティ医師は、長期的な飲酒が、学習、記憶の想起、実行機能などにおけるさまざまな認知障害と関連していると述べ、また、「アルコールが脳の健康に与える悪影響は非常に大きく、節度ある飲酒や禁酒の重要性、そしてその潜在的な影響に対する認識の必要性を浮き彫りにしています」と述べました。
脳の回復
グラティ医師は、アルコールによる脳へのダメージからの回復能力には限界があり、特に長期にわたる大量飲酒の後ではその回復が困難であると警告しました。
彼女は、記憶などの認知機能に関わる神経細胞や重要な脳構造への損傷は、多くの場合で永久的なものであると述べ、初期段階や適度な飲酒であればある程度の回復が可能になる脳の神経可塑性が存在するものの、「慢性的なアルコール曝露は不可逆的な損傷をもたらす可能性がある」と指摘しました。ですので、アルコールの摂取をやめ、健康的な生活習慣を取り入れることで、回復が促進される可能性があります。
グラティ医師によれば、神経新生、すなわち新しい神経細胞の生成は特に海馬で起こり得るものであり、それによって認知機能の改善が見られることもあるといいます。「完全な回復は難しいかもしれませんが」と彼女は述べ、「生活習慣の改善と禁酒によって大きな効果が得られる可能性があります」とも述べました。
「今回の研究では、あらゆるレベルのアルコール摂取と認知症リスクの間に正の線形関係があることが示されました」とグラティ医師は述べ、次の様に纏めました。「白人イギリス人の現在の飲酒者に対象が限定されているため、研究結果の一般化には限界があるものの、アルコール摂取が認知機能に悪影響を及ぼす可能性を踏まえると、どのような摂取量であってもより慎重に対応する必要性があることが大事です」
(翻訳編集 日比野真吾)
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