昔々、ある村にジャナルダンという名前の裕福な商人が住んでいました。あるとき大雨が降り、村の近くを流れる川があふれて洪水が起こりました。村全体が水につかり、畑も家も仕事場も被害を受け、たくさんの人々や家畜が死んでしまいました。
この洪水のために大損をしたジャナルダンは、運試しに村を出て一からやり直そう、よその土地で大儲けをしてから村に戻ってまた新しく商売を始めようと考えました。家財を売り払って借金の支払いをすませると、ジャナルダンのもとに残ったのは先祖代々伝わってきた鉄の天秤だけになりました。その天秤はとても重いので旅に持っていけそうにもありません。
ジャナルダンは友達のジャナクにお別れを言いに行き、しばらく天秤を預かってくれないかと頼みました。ジャナクは「お前さんが戻るまで大事にしまっておくから心配いらないよ」と快く引き受けてくれました。ジャナルダンはジャナクの親切に感謝して天秤を預けると、新しい人生に向かって旅立ちました。
何年もの間、ジャナルダンは様々な土地を旅しながら商売に励みました。そして十分なお金がたまると、ふるさとに戻り新しく商売を始めました。友達のジャナクを久しぶりに訪ねると暖かく迎えてくれました。何時間も話し込んでそろそろ帰ろうかという時、ジャナルダンは預けていた鉄の天秤のことをたずねました。
するとジャナクは「申し訳ないのだが、あの天秤はなくなってしまったんだ。うちにはネズミがたくさんいるもんでね、あいつらが食っちまったのさ」と答えるではありませんか! ジャナクは高く売れそうな天秤を返すのが惜しくなったのです。ジャナルダンはびっくりして「ネズミが鉄を食べるわけがないじゃないか」と心のなかで思いましたが、落ち着いた様子で「気にすることないさ。ネズミには本当にまいるよな。このことはもう忘れよう」と言いました。
ジャナクが内心ホッとしていると、ジャナルダンが帰り際に「息子さんにうちまで一緒に来てもらえないかな。実はちょっとしたお土産があるのさ。あの子に持って帰ってもらえると助かるんだがね」と言いました。ジャナクは喜んで息子を一緒に行かせました。
家に着くと、ジャナルダンはジャナクの息子を部屋に閉じ込めました。夜になって、帰ってこない息子が心配になったジャナクはジャナルダンの家に迎えに行きました。するとジャナルダンは「申し訳ないのだが、帰る途中でタカが急に飛びかかってきてあの子を連れ去ってしまったよ」と答えるではありませんか! ジャナクは「タカが15歳の男の子を連れ去れるはずがないだろう」とどなりながらジャナルダンの嘘を責め立てました。
しかしジャナルダンはタカが息子を連れ去ったと言い張るばかりです。争いは大きくなり、ついには裁判に持ち込まれました。裁判官はジャナクの話を聞いて、息子を返すようジャナルダンに命令しました。それでもジャナルダンは「閣下、あの子はタカが連れ去ってしまったのです」と言い続けます。裁判官は「いいかげんにしなさい! どうやってタカが人間をさらってゆけるというのだ」と厳しく叱りつけました。
ジャナルダンは「閣下、ネズミが鉄の天秤を食べてしまうのならば、タカが男の子をさらってゆくことも可能ではないでしょうか」と丁寧に答えました。どういうことなのかわからない裁判官がジャナルダンに事のなりゆきを述べさせると、法廷にいたすべての人が大笑いしました。そしてついにジャナクは自分の嘘を認め、ジャナルダンに謝りました。裁判官はジャナクに鉄の天秤を返すよう命令し、ジャナルダンにも息子を返すよう求めたということです。
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