ハイテク時代の春の川を下る桃太郎の桃は「どんぶりこっこ、どんぶらこっこ」と鄙(ひな)びた隠れ里を下り、人知れず大海の淵へと、深く呑み込まれて行くのだと言います。
昔々、そのまたもっと大昔⦅忘却の大海が尽きるところ⦆に大きな桃の木に桃が実っていました。天を頂とし黄泉の世界に根を下ろすほどの大きさを、どうかご想像なさってください! 『ジャックと豆の木』に優に匹敵する巨木です。天の頂きに咲き誇った桃の実はそよ吹く風にもぎ取られ、桃の湖水に音もなく吸い込まれてゆきます。
日本の山水はこうして桃と共に山里の川上から流れ下っていくのです。お婆さんが川で洗濯をしていると、どこからともなく桃が流れてきました。お婆さんに拾われてこの世で「ほぎゃー」と生を享けた桃太郎の雛形としての桃の果実は、あらゆる命の邪気をはらう桃のエッセンスそのものでした。
やがて天の花園に咲く「植物」から誕生した桃太郎は人間の子供としてすくすく成長し、穀物の精霊をキビ団子として「動物」の犬と猿とキジに分け与えてお供にして、もう一つの忘却の大海を渡り、鬼が島にいる悪い鬼を退治して、(鬼の宝)を山里に持ち帰るという使命を果たします。
めでたし、めでたし!……そしてお婆さんとお爺さんが天寿を全うしたのを見届けて、桃太郎はいずこともなく去ってゆきました。どこへ? きっといのちの雛形を共に創る、雛祭りのお相手をやっと探しに出かけたのではないかと……私は思っています。
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