「フランス絵画の父」であるプッサンの絵画は深い謎を持っています。それは、彼の永続的な古典的精神と強い信仰によるものかもしれません。この「アルカディアの牧人たち」の絵は、美と哲学を兼ね備えており、長期にわたって賞賛されています。
アルカディアはギリシャ神話に登場した場所で、楽園の代名詞であり、世間の紛争から遠ざかったユートピアです。この絵画には3人の牧人と1人の女性が描かれています。宗教的な意味では、牧人は理想郷での素晴らしき生活を象徴しています。
この絵画を見ると、4人は碑文を解読しているように見えます。2人の牧人が指している部分にはラテン語で「アルカディアにもわれあり」と刻まれており、この「われ」は「死」を意味しています。つまり、アルカディアのようなユートピアにも死は訪れるということです。
一部の評論家は、ニコラ・プッサンのこの「アルカディアの牧人たち」という絵画は、死を軽視し、「死など恐れない」ことを世間に伝えていると考えていますが、筆者はそうは思いません。もし、プッサンが死を超えた境地を伝えるつもりならば、なぜ、楽園とされるアルカディアを選んだのでしょうか?
この田園風景に満ち溢れ、楽園のようなアルカディアで、3人の牧人は驚き、不可解に思い、考え込むなどと言った表情で碑文の意味を熟慮しているところからすると、それまで、アルカディアに「死」が訪れたことはなかったのではないでしょうか。そうでなければ、「死」を考える必要もないでしょう。
この絵が伝えているのは、美しき楽園に問題が起き、そして、その問題こそ、「死」であるのです。死は滅亡を意味し、今後、人々はもうこの素晴らしき生活を享受することができなくなる、という意味ではないでしょうか?
続けて4人の人物の反応ですが、違和感を感じるのは、普通の人間なら「死」に直面する時、悲哀や、絶望、或いは恐怖などの表情を浮かべるはずなのに、この4人はそうではありませんでした。驚きはあるものの、やはり普通の人とは違っていたのです。
特にこの絵の中の唯一の女性は、服装からも容姿からもとても一般人には見えず、他の3人の牧人より気高く優雅に見えます。装飾品もなければ化粧も施されておらず、そして、きれいな衣装も身にまとっていませんが、その見下ろしている様子と考え込んでいる表情から、アルカディアにおける重要な人物であることが分かります。また、その衣装は非常に聖母に似ており、アルカディアの女神であることが推測されます。
一つ注意すべき点として、碑文は石碑に刻み込まれていました。つまり、アルカディアの運命はとっくの昔にすでに定められており、碑文は祖先が後世の人々のために残した警告のようなものだったのでしょう。
そこで再びこの女性を見てみると、興味深いのはやはり彼女の表情です。「死」の予言を見た時、彼女は考え込みましたが、しかし、その顔は非常に穏やかで、困惑や慌ただしさは全く見られません。
この点からも彼女の智慧と風格が現れています。もう一つ考えられるのは、もしかすると、彼女は今後どうすべきかをすでに知っていたのではないでしょうか。他の3人の牧人と一緒に碑文を解読しようとしているところを見ると、彼女はこの事実――死をすでに受け入れており、そして、その平静な態度から、この問題を解決しようとしているところが伺えます。
楽園のような世界に問題が起き、衆生が死の脅威に直面しなければならない時、アルカディアの女神は冷静に救いの手段を考えています。プッサンはこの場面が「見えた」ので、それを絵に写したのではないでしょうか。
この絵画の色使いからは悠遠さが感じられ、一種の回憶のように思えます。そして、この光景は、女神が3人の牧人とともにこの世界が破滅に向かっているという予言に直面していることから、もしかすると、プッサンは心のどこかで何かを感じ取っていたのではないでしょうか。あるいは、神がプッサンの才能を借りて世間にこの天機を知らせようとしているのかもしれません。
(翻訳編集・天野秀)
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