日本の昔話に「わらしべ長者」というお話があります。
原話は『今昔物語集』や『宇治拾遺物語集』などに見られますが、子供むけの童話として広く知られているのは、ひとすじの藁(わら)を手にして道を歩く無欲な男が、出会う人から乞われるまま物を交換していくうちに、いつしか長者(富裕者)になっていく物語です。
同様の内容をもつ昔話は世界の各地にあるそうですが、こちらは現代の実話です。
場所は米オハイオ州トレド市。雑貨店で夜の荷受け業務をしている青年がいました。彼の名をジョン・ブランドベリーといいます。ジョンは、毎日5マイル(約8㎞)の道を歩いて通勤していました。
まだ若いジョンにとって、往復4時間の徒歩通勤は不可能ではなかったのですが、べつに望んで歩いていたわけではなく、彼には徒歩以外の移動手段がなかったのです。
そんなジョンも、悪天候のときは困りました。ある日、出勤するため吹雪のなかを歩いていたところ、車で後ろから来たジミー・プレストンが見つけて声をかけ、ジョンを同乗させました。
車を運転するジミーは、森の熊を道端でひろったように、静かに隣へ座っているジョンの純朴な人柄に関心をもちました。
「サンキュー、ジミー。助かったよ。僕はどうしても出勤しなければならないんだ。この天候だと、たぶん他の従業員も来られないだろう」
「自分の車は?」
「車どころか、家の事情で、運転免許ももってないんだ」
こんな初対面の会話から始まった二人でしたが、ジョンのほうからそれ以上の厚意を相手に求めることは一切なく、以下の展開は全て、ジョンに関心をもったジミーが行ったことです。
ジミーは、ジョンを彼の職場まで送った後で、「禍から生まれる福(Blessing in Disguise)」と呼ばれる地元の慈善団体に連絡して、ジョンが自動車教習所で運転免許を取れるように手配しました。免許取得までにかかった費用は、この非営利の慈善団体が負担してくれたのです。
さらにジミーは、ジョンが車を購入する費用を補助するため、クラウドファンディングのページを作成しました。その結果、当初の目標は5000ドルでしたが、その目標を超える7000ドルが集まりました。
これを聞いたのが、地元でトヨタ車販売店を経営するジム・ホワイト氏です。
ホワイト氏は、ジョンのためにオフロード車であるRAV 4の新車を1台手配しました。車の代金の半分以上を同氏が肩代わりし、残りはジミーが集めた資金で賄われました。
人の親切にこれほど甘えて良いものか、疑問は残ります。また、慈善団体の実施する寄付が、どのような相手を浄財の対象とすべきか、この一例だけでは判断できないでしょう。
ただ、吹雪のなかを歩いて通勤していたジョンが、たまたま得た知遇によって多大な寄付を受け、今では自分の車で通勤できる身になったことは、彼の人柄がそうした好意を受けるにふさわしいと判断されたものと思われます。
そのように判断したのは誰か。神か、人か、それは分かりません。
ジョンは後に「あなたに、他人に望む自分の扱われ方があるならば、あなたはまず、他人にどう接するべきかを考える必要があります」とABCに語っています。
日本の「わらしべ長者」に戻りましょう。
虻(あぶ)を結んだわら一本の交換から始まって、ついに土地や屋敷まで得たこの主人公は、富裕になった後も変わらず畑で働き、つつましく暮らしました。
「無欲無為を極めると、大きな福をもたらす」という寓話が、怠惰であって良いという意味でないことは言うまでもありません。
(翻訳編集・鳥飼聡)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。