ある日、釈迦牟尼佛は古代インドのマガダ国へやってきて、救うべき衆生を救うために佛法を伝えました。当時、釈迦牟尼佛は摩鳩羅山に住んでおり、侍者も阿難(アーナンダ)ではなく、那伽波羅(ナーガサマーラ)でした。
ある晩、辺りは暗くなり、小雨が降り、時折稲妻も光る頃、釈迦牟尼佛は依然と野外で当時の「経行」という修行方法で修煉していました。
この時、別空間のある神が釈迦牟尼佛に会いにやってきて、その後に続きました。釈迦牟尼佛はその神にもっと多くの機会を提供しようと、その日、普段よりも経行する時間を延長したのです。那伽波羅には別空間の神が見えないため、なぜ釈迦牟尼佛がまだ休まないのかと疑問に思いました。当時の習慣によると、侍者はお仕えする者の後に休むことになっているので、釈迦牟尼佛が休まないと那伽波羅もずっと付き添っていなければならなかったのです。
あまりにも疲れたのか、那伽波羅は釈迦牟尼佛を休ませる方法を考えました。当時、マガダ国には、摩鳩羅山には幽霊がいるという噂が流れており、夜中に泣き止まない子供に幽霊が来たと言えば、子供は怯えてすぐに泣きやむというのです。那伽波羅は幽霊を装い、釈迦牟尼佛を怖がらせて、その日の「経行」を終わらせようと思いつきました。そして、那伽波羅は毛織物を裏返して頭からかぶり、釈迦牟尼佛が歩いている道の先に隠れました。
そして、釈迦牟尼佛が目の前まで来たとき、那伽波羅は「摩鳩羅山の幽霊だ!摩鳩羅山の幽霊が来たぞ!」と叫んで影から飛び出しました。
釈迦牟尼佛はこれに驚くことなく、「那伽波羅よ。この愚か者が。摩鳩羅山の幽霊の姿で如来を驚かそうというのか?それでは私を動揺させることはできない。私はとうの昔にすでに恐怖心を捨てたのだ」と那伽波羅に言いました。
この時、釈迦牟尼佛の背後にいる神が、「僧伽にもこのような人がいるのですか?」と尋ねました。
これに対し、釈迦牟尼佛は慈悲な表情を浮かべて、「佛門は広く、万事万物を包容する。那伽波羅のような人でも、いずれ法を得て、立派な修行者となるだろう。だから一時の不適切な行為で相手を軽視してはならない」と言いました。
これを聞いて、別空間の神は釈迦牟尼佛の慈悲深さに感動しました。
後に、那伽波羅は釈迦牟尼佛の慈悲に背くことなく、本当に解脱して、佛家の弟子となりました。
覚者は佛法の真理を守るためなら、宇宙のすべての生命を済度するためなら、己のすべてを捨てられる偉大な存在なのです。もちろん、恐怖心を持つはずがありません。覚者になる前の修煉の過程においても、恐怖心を取り除かなければならないのです。
この物語を通じて、多くの修煉者も時には過ちを犯し、時にはおかしくて、呆れるようなこともやってしまいます。しかし、真に慈悲な覚者はそう簡単に弟子を手放したりはしないのです。
参考:『雑阿含経第1320節』、『別訳雑阿含経第319節』
――正見ネットより転載
(翻訳編集・天野秀)
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