≪医山夜話≫ (21)

運命と求めるということ

彼女は待合室のイスに座り、かばんの中の探し物に夢中になっていました。それほど大きくないカバンは、くし、口紅、財布、ノート、ガムなどでパンパンになっていました。私は何も言わずに待合室の入り口に立って彼女を待っていました。

 彼女は頭を上げて私を見た時、とても嬉しそうでした。彼女は私の古い患者で、ここ数年前まで、少しでも調子が悪いといつも私の診療所に来ていました。

 最近、ホームドクターにも行っておらず私の診療所にも来ていなかったので、今日、突然やって来た彼女を見て何か問題があったのではないかと心配しました。

 彼女は私を見て立ち上がろうとしてふらつき、慌てて椅子の手すりをつかみました。私は彼女を支えて診療室に入りました。

 ところが座った途端、彼女のおしゃべりは絶えることがなく、天気の話から始まり、レストラン、服や靴など、止まる事を知りません。私は気分が悪いのではと尋ねると、「先生、実は、私にもわかりません。この診療所に来るとすぐ楽になり元気になって問題なく話せるようになるのです。他の場所にいると気絶するほど頭の中がぐるぐる回りました。今の私は不思議なぐらいとても気持ちが良いんです」と彼女は答えました。

 私はその話の真意がわからなくて、彼女に一体何が起こったのかと聞きました。それでやっと、今まで起こったことを話してくれました。

 彼女の古い男友達の中に、とてもお金持ちで、最近、妻と死別した男性がいました。その人は宮殿のような豪邸に住んでいます。その豪邸にひどく憧れ、彼女は友人の妻の「後釜」になりたくてたまりませんでした。しかし、彼女がその豪邸を訪ねるたびにめまいを起こしました。食べることと寝ることには何ら支障がありませんが、立ち上がることができません。突然のめまいは何らかの注意、もしくは警告をしているのだとわからない彼女は、私のことを思いだして診療所に来たのでした。

 その事を私に話した後で、何かを悟ったように、「先生はよく、人にはその人それぞれの運命があるのだと、言っておられました。今思うと、それは本当のようです。運命にないものを私が懸命に手に入れようとしたので、こんなふうになってしまったのではないでしょうか?」と、彼女は私に問いかけました。

 私が彼女の耳の裏に2本の針を打つと、彼女のめまいはすぐに治まりました。それから、私はゆっくりと彼女にこう話しました。

 「足るを知る人にとって天地は広いもの、貪欲を持てば天地は狭くなります。福とは、求めて手に入るものではなく、そもそも生まれつきのもの。物事の運び方も定められた運命が決めるのです。運命にないものを懸命に求めても、結局手に入らないのです」
 

(翻訳編集・陳櫻華)