焦点:アフリカで「静かな感染拡大」、深刻なコロナのデータ不足
Katharine Houreld and David Lewis
[ナイロビ 10日 ロイター] – タンザニアのジョン・マグフリ大統領は4月中旬、新型コロナウイルスから国が守られるよう、全国的に3日間の祈りを捧げることを呼びかけた。だが1カ月も経たないうちに、大統領は新型コロナに対する勝利を宣言し、東アフリカに位置する自国への観光再開を呼びかけた。
世界保健機構(WHO)は、5500万の人口を擁するタンザニアは東アフリカ地域でも最も医療システムが脆弱な国の1つで、国内でのウイルスまん延についてはほとんど情報がないと警告していた。
信頼できるデータの不足はアフリカ諸国の多くに共通する問題だ。国によっては、政府が感染症の拡大を認めたがらない、あるいは崩壊にひんした医療システムが他国による検証にさらされるのを嫌がる場合もある。また、貧困と紛争によって疲弊し、そもそも相当規模の検査を行う力がない国もある。
アフリカにおける新型コロナ対策には、計画策定の点でも資金支援を募るという点でも情報の共有が不可欠だと公衆衛生専門家は指摘する。現状では、アフリカ大陸全域での感染の深刻さを十分に評価することは不可能である。
ロイターが収集した最新のデータによれば、人口13億人を抱えるアフリカ大陸では、新型コロナの感染確認者は49万3000人、死者は1万1600人となっている。これに対し、人口が約半分のラテンアメリカでは、感染者290万人、死者は12万9900人となっている。
公式数値だけ見るとアフリカの大半では新型コロナ禍を免れているようだが、もっと悪いのは確実だ。WHOのサンバ・ソウ特使は5月25日、検査に重点を置かなければ、「静かな感染拡大」の可能性が生じると警告している。
アフリカ連合が2017年に設立したアフリカ疾病予防管理センター(CDC)のデータをロイターが分析したところ、アフリカ大陸全体では、7月7日までに人口100万人当たり4200件の検査が行われている。これに対し、アジアでは同7650件、欧州では7万4255件だ。
医療従事者、外交官、現地当局者数十人に対するインタビューから明らかになったのは、大半のアフリカ諸国で信頼性の高い検査がほとんど行われていないという問題だけではない。一部の政府は、たとえ資金援助を受ける機会を逸することになろうとも、感染率に関する情報が表面化することを防ごうと手を尽くしているのだ。
WHOアフリカプログラムの緊急対応責任者マイケル・ヤオ氏はロイターに対し、「その国の意図に反して支援することはできない」と語った。「国によっては、対策会議を開いているのに我々に声を掛けないところもある。専門的なアドバイスに関しては我々が主役だと想定されているのだが」
WHOとしては各国政府との協力関係を維持しなければならないとして、ヤオ氏は特定の国の名を挙げることは控えた。
<タンザニアが抱える問題>
タンザニアで初の新型コロナウイルス感染症患者が確認されたのは3月16日。複数の情報提供者によれば、同国政府は翌日、WHOや各国大使館、支援国・機関など国際的パートナーと対応を調整するための対策本部を招集した。
だが、事情に詳しい2人の外交当局者によれば、この対策本部がその後外部の関係者を招くことはなく、何度となく行われた新型コロナ関連の会合に政府当局者は姿を見せなかったという。
「政府が国内における新型コロナウイルス感染症の状況について何ら情報を求めていないことは明らかだ」とある支援当局者は言う。この記事のためにロイターの取材に応じた多くの関係者と同様、この支援当局者も、有力政治家を怒らせることを懸念して、匿名を希望している。
危機対応をめぐる疑問をぶつけるため、タンザニアのユミー・ムワリム保健相と政府報道官に電話・メールで問い合わせを行ったが、反応は得られなかった。ハッサン・アバッシ報道官は以前、国内の新型コロナウイルス感染症に関する情報隠蔽(いんぺい)を否定している。
タンザニアは5月8日に感染者509人、死者21人を発表して以来、全国レベルの数値を公表していない。その数日前、マグフリ大統領は国営テレビで、海外から輸入された検査キットは欠陥品であり、ヤギやポポーの実から採取したサンプルでも陽性反応が出たと批判した。
5月8日から13日にかけて送付されたメール3通をロイターが閲覧したところ、WHOは、タンザニア国内における合同調査にWHOが参加することで政府との合意に達したものと考えていた。だがWHOの広報担当者によれば、この合同調査は開始予定日にすべて中止され、その理由は示されなかったという。
タンザニアの新型コロナ対策に対しては、支援国・機関から約4000万ドル(約43億円)が拠出されていることを、関与した2人の外交関係者が明らかにしている。だが別の当局者によれば、タンザニアが対策に本腰を入れないため、さらに「数千万ドル」もの支援を得る機会が失われてしまったという。
5月半ばには、医師や外交官らが感染封じ込めには程遠いことを指摘していたにもかかわらず、政府はロックダウン(封鎖)の緩和を決定した。米国大使館は5月13日、タンザニア国内の米国民に対し、首都ダルエスサラームの病院が「手一杯」になっていると警告したが、この時点ではタンザニア政府はこの見方を否定している。
タンザニアが感染拡大に関する情報を共有しないことで、近隣諸国も懸念を深めている。管理の甘い国境を越えてタンザニア国民が往来すれば、各々の国において苦痛を伴うロックダウンを通じて得た成果が台無しになりかねないからだ。
ヤオ氏によれば、WHOは4月23日、アフリカ諸国の保健担当大臣とともに、特に情報共有の不足に関する協議を行う電話会議を主催したという。ヤオ氏はどの国の大臣が協議に応じたかを明らかにせず、タンザニアに同国保健相の参加の有無についてコメントを求めたが、回答は得られなかった。
国連機関であるWHOが協力を強制することはできず、慎重な舵取りが欠かせなくなっている。4月末、東アフリカの小国ブルンジにおいてウイルス封じ込めの措置が不十分であることについてWHO当局者が懸念を表明したところ、5月12日、同国におけるWHOのトップ及び3人の専門家が説明なしに国外退去処分となってしまった。
ブルンジは、3月にいち早く国境閉鎖に踏み切ったアフリカ諸国の1つであり、当初はそれがウイルスのまん延を抑えたように思われた。だが、ある医療事業者が匿名を条件に語ったところでは、5月20日の総選挙に向けた準備として集会が重ねられるなかで感染を疑うケースが増加していったという。
ブルンジのピエール・ンクルンジザ大統領は6月上旬に死亡し、新型コロナウイルス感染症の罹患(りかん)がささやかれている。政府の声明によれば、心臓発作が死因であるとされている。ある救急搬送関係者はロイターに対し、5月21日にデニス・ブクミ大統領夫人をケニアに搬送したと話しているが、彼女が新型コロナウイルスの治療を求めたとするケニア側メディアの報道については明言しなかった。大統領一家の広報担当者はコメントを拒んでいる。
エバリステ・ヌダイシミエ新大統領は、ウイルス感染の中心地と疑われる地域で住民に対する一斉検査を行うことも含め、パンデミック(世界的な大流行)への対応策を約束している。
アフリカでWHOとの関係が悪化しているもう1つの国が赤道ギニアだ。5月末、赤道ギニア政府はWHOが感染者数を水増ししていると非難し、WHO代表者を解任するよう要求した。それ以来、同国はWHOに対してデータを提供していない。WHOは「データをめぐる誤解」があったとしているが、データの捏造(ねつぞう)については否定している。
この対立について赤道ギニアのミトハ・オンドオ・アイェカバ保健副大臣に繰り返しコメントを求めたが、回答は得られなかった。中央アフリカに位置する赤道ギニアは、アフリカCDCに対しては定期的に最新情報を提供し続けており、それによれば、感染者数は3071人、死者は51人となっている。
<届かない監視の目>
情報共有を拒む国もあるが、そもそも情報共有が不可能という国もある。大規模な検査、監視、接触追跡を実施するには、あまりにも医療システムが疲弊しているからだ。
「最も恵まれた時期でも、各国から質の高いデータを収集するのは容易ではない。あまりにも従事者への負担が大きいからだ」と語るのは、アフリカCDCのジョン・ンケンガソング所長。「そこへ緊急事態が重なれば、データ収集はこのうえなく困難になる」
たとえばブルキナファソ、ニジェール、マリといった国々では、イスラム原理主義武装勢力や民族主義武装勢力が広範囲で活動しており、各国政府が疾病のまん延について全国レベルで実態を把握することが不可能になっている。
ブルキナファソにおいて、感染者と接触があった人や海外からの入国者に対する検査件数がかなり限られてしまうのは、他国と同様、検査キットが不足しているからだ。保健省の報告書からは、そのせいで国内での感染経路に関するデータがほとんど得られていないことが分かる。
国際支援団体の「国境なき医師団」に参加する疫学者フランク・エール氏によれば、カメルーンやナイジェリアなど一部の国では国内各地の自治体による検査が行われているが、それ以外の多くの国では、首都以外では検査能力がひどく限定されているという。
人口8500万のコンゴ民主共和国では、すでにエボラ出血熱に対応した経験があり、3月末に初めて新型コロナの感染が判明した際にも、すばやく国際線の運航停止や首都キンシャサの一部ロックダウンに踏み切った。
それでも、同国の新型コロナウイルス感染症対策委員会に名を連ねるスティーブ・アフカ氏によれば、政府がキンシャサ以外の地域での検査実施に至るには3カ月を要したという。原因は検査施設、設備、人員の不足である。2人の医師によれば、多くの地域では依然として検査結果が出るまでに2週間かかっているという。
アフリカ大陸で最も経済が進んでいる南アフリカ共和国は、大規模な検査を展開している数少ない国の1つだ。だが6月10日の時点では、未処理の検体が6万3000件以上も積み残されていた。同国保健省によれば、グローバルなサプライヤーが検査キットの需要に対応できなかったからだという。現時点で未処理のまま残されている検体数について問い合わせたが、国営の検査機関は情報開示を拒んでいる。
アフリカ以外でも包括的な検査データが存在しない地域があるため、研究者らは新型コロナウイルスの感染を評価する別の基準に注目している。年間のある時点での平均に対する超過死亡数もその1つだ。
だがこうした指標でさえ、アフリカ諸国の大半では平年のデータが不足しているために利用できない。国連によれば、国内での死亡について75%以上が記録されているのは、アルジェリア、カボベルデ、ジブチ、エジプト、モーリシャス、ナミビア、セーシェル、南アフリカの8カ国だけだという。エチオピアの保健省によれば、同国における死亡のうち記録されているのは2%に満たないという。
米国の医療政策イニシアチブである「リゾルブ・トゥ・セーブ・ライフ」のアマンダ・マクレランド氏は、感染拡大がどれだけ深刻か、また対応のためにどのようなリソースが利用可能かといった情報がなければ、各国のロックダウン解除の時期でリスクが生じることになる、と語る。
「感染拡大の深刻さを本当に理解することが、私たちにとっては大きな課題になっている」と同氏は言う。「データが不明瞭であれば、各国のロックダウンがもたらす経済的な打撃を正当化することは非常に困難になる」
(翻訳:エァクレーレン)