「虹化(こうか)」とは密教の修煉者が長年の修煉を終え、この世を離れて天国へ行く際に見られる現象である。空に輝く虹のように光を放ちながら身体が徐々に溶けて縮んでいき、修煉の完成度が高い場合は完全に溶けて消え、修煉の完成度が低い場合は数十センチまで縮んだ身体が残る。小さくなって残った身体の姿形は本人と全く同じだが、鋼鉄のように硬くなる。
密教修煉は密かに修煉する法門だが、「虹化」現象は普通の人でも目にすることが出来る。神佛を信じていない共産党のチベット統治者が、自らの目で「虹化」現象を確認した事例もある。以下に、何人かの修煉者が「虹化」した例を挙げる。
ユソナンロンジェ活佛の虹化
1952年、中国共産党チベット自治区委員会第一書記の張国華さんが、ユソナンロンジェ活佛の「虹化」過程を目撃した。
張さんは事前に「ユソナンロンジェ活佛が翌日にチベットを離れることになる」という情報を得ていた。当日の朝、見送りの為に張さんが寺院を訪れると活佛は大経堂の中央で坐禅しており、張さんが大経堂に入っていっても挨拶にも来なかった。不思議に思いながら連れ添いの人と一緒に活佛の周りに立って彼を観察していたところ、寺院の僧侶たちが次々と大経堂に入ってきて、活佛を囲んで坐った。僧侶が全員揃うと活佛は急に空中に浮き上がり、間もなくして同じ場所に降りた。再び浮き上がって降り、3回目に浮き上がった時に雷のような大きな音を発し、一瞬で姿を消した。周りの人には一塊の赤い雲が飛んでいったように見え、地上には何の痕跡も残していなかった。
五世華日活佛の虹化
青海省瓦薩県甘穹郷の五世華日活佛は19歳から修煉し始め、39歳の時に文化大革命(1966年から1976年まで)の迫害に遭い、刑務所に入れられた。同じ監房にはガロンカジャ活佛もいた。ある日の夜、五世華日活佛は自分が間もなく往生することになるとガロンカジャ活佛に話し、彼にたくさんの説法をして就寝した。翌朝、五世華日活佛の姿は見えず、彼の手足にかけていた手錠だけが残った。その後暫くの間、監房の中には特殊な香りが漂っていた。
アシャ活佛の虹化
アシャ活佛は幼い時に四川省炉霍県仁達郷の霊龍寺に出家し、修煉を続けていた。文化大革命の際に強制的に卡舎村に移住させられ、農業に従事する事になった。それでも彼は修煉の意志を曲げず、昼は農業の仕事をこなし、夜は秘かに修煉を続けた。その後、ある村人から便宜を供与され、再び修煉に専念できるようになった。1997年、78歳になったアシャ活佛は圓寂(死亡)し、その7日後、身体は生きていた時の約三分の一に縮小した。火葬の際には空に虹が現れて、遺灰からは佛舎利が3百粒あまり拾われた。
ベイマジャツ活佛の虹化
ベイマジャツ活佛(1935-1997年)は四川省カンゼチベット族自治州新龍県にある所登寺の住職だった。1997年チベット暦の9月に、病気で康定病院に入院した。10月9日、ベイマジャツ活佛の様子はいつもと違い、急に元気いっぱいになって微笑みながら就寝した。10月10日午前5時、活佛がベッドの上で坐禅し始めたことを付き添いの人が確認している。活佛は両手で大円満手印を結び、口の中で3回「パート」を唱えて圓寂し、その7日後、彼の遺体は高さ1尺まで縮んだ。火葬の際には奇妙な香りが漂い、現場にいた3千余りの信者で疾病を患っていた人は、みなある程度良くなった。
(翻訳編集・金谷)
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