ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(その4前編)

【大紀元日本6月23日】その日は朝から何やら胸騒ぎがして、夏場の早朝、午前五時頃に雲間から降りて来て、外苑の秩父宮体育館近辺で金遁雲号を停めていた。辺りはまだ人影がまばらで、もとより同業者たちの姿はなく、短パンを穿いた外国人女性がジョギングに興じていたり、呑気な愛犬家が散歩に出ていたりしているくらいだ。

するとしばらくして、丸メガネを掛けた教養のありそうな初老の紳士が後方から近づいてくるのが、バックミラー越しに映った。「・・・ほう、金遁雲交通・・・変わってるねぇ・・」。しばらくして窓ガラスをコンコンと叩くので開けると、「半日間、貸しきりたい・・」と言ってきた。何でも、この辺り一帯のゴミ集積所を回って欲しいのだという。「いいですよ・・」元より断る理由は何もない。

初老の紳士は車内に乗り込むと、さっそく料金の交渉に出てきた・・・。「あれ、それにしても何で、メーターが元なんですか」「いえ、これはそのう・・」「あ、分かった!中国人の観光客相手ですね・・・で半日ではいくらぐらいなんですか?」私は、背中に真摯な人間特有の澄んだ気を感じながら車を発進させ、「料金はなるべくご奉仕・・・ご奉仕させて下さい・・」。紳士は運転席にある私の写真を認め、「・・運転手、張帰山・・いい名前ですね・・うん?玉帝交通協会?そんな協会が東京にありましたっけ??」。

私は、天丹を極めた半仙半人なので、食費は要らないし、金遁雲号の燃料も玉帝を護衛する竜神たちの中でも極上の金竜の血液を雲上で補給できるのでほぼエネルギーはタダで無尽蔵で手に入る。であるので、人間界の人民幣など実際要らないのであるが、真摯な客人ほど律儀なのでかえって困る。

車は、千駄ヶ谷方面から国立能楽堂方面への一帯へと指示通りに走行する。途中、例によって赤信号で止まると、サービスで車内の時間を圧縮する。「・・・張さん・・実はね、私は経済を研究している吾味という学者なんですよ・・若い頃はね、ドイツに留学して経済を勉強して、国の研究所でもそれなりに自分なりに仕事をしたんですが・・やっぱり、京都出身なせいか、始末が気になってねぇ・・・昔は良かった、日本人も貧しかったが、まだ謙虚で物を大切にした・・あ!ここで留まって下さい!」。吾味博士は、車を出るとソソクサとゴミ集積所に近づき、その内容物を詳細に調査しては何やらメモを取ったり、写真をとったりと忙しい。一頻り作業を終えるとまた車に乗り込んできた。

それにしても、運転席から見ても日本のゴミは実に贅沢で色々だ。まだ使える電化製品や家具に至るまで、「・・・張さん、ゴミを見ればね・・実は、色々なことが分かるんだ。その国民の栄養状態から健康状態まで、果ては将来的な経済動向や景気の行方まで分かるんだ・・・物を大切にしない国民に経済のカミサマは決して微笑まないんだよ・・・・この異常なデフレだってね、そういったことに深く関係しているんだ・・・ゼロ金利と言ってもね、国民一人ひとりの姿勢が正しくならないと駄目なんだ・・」。素人目に見ても、何と明快な経済理論だろうか!?私は、ふと故国の名宰相であった王安石のことが頭をよぎり、この老学者の真摯な姿勢に目頭が熱くなった。

午前中、界隈のゴミ集積所を一頻り回ると、私が「いいですから」と料金を拒んでも、この老学者は納得しない。仕方がないので、幾ばくかを受け取り、昼も近いので外苑近くのくだんの柳麺屋でご馳走して上げることにした。すると、くだんの日の出タクシーの同業者が声を掛けてくる。「よう!中国の・・・そちらさんは、何?やっぱり、中国人の観光客かい?」「いえ、こちらの方は、ゴミを研究している吾味博士でして・・」。同業者は面を喰らい、「おめぇさんも変わってるけど、お客も変わってるねぇ・・」と言って店を出て行った。

私が「先生・・故郷の中国に来ていただければ、もっと美味しい体にいい柳麺をご馳走しますよ」と言って博士に勧めると、「いや、いいんだよ」と手を振りながら、美味そうに麺を啜り始めた。この塩辛い、大丼の盛り付けが、この国民には受けるらしい。もっと少ない方がいいんだけど・・そんなとりとめもない楽しい食事をしている間に、店内に全身から陰鬱な殺気を放つ漢2人が入ってきた。両名ともこの暑いのにスーツを着こなしているが、気配で黒社会の人間だと分かる。中国にも「蛇頭」などのバンがいろいろと有り珍しくもないが、洋の東西や時代を問わず、こういった人種は存在するものだと逆に感心した。

二人は、店内を一頻り見回すと、伏せ目がちにこちらの卓にツカツカと近づいてきた。すると、博士の耳元にそっと口を近づけ、黒メガネの奥から粘りつくような視線を投げかけながら言った。「・・センセイ・・・いけませんなぁ・・いくら御高説が過ぎるにせよ・・経済の専門誌にあんな論文を出されては・・・関係するメイシの方々も名誉を毀損された、仕事がやりづらくなった・・と嘆いておられる・・・つきましては、近くの事務所まで、ちょっとご同行願えませんか・・」などとホザキながら、胸元の六輪をチラつかせ、博士の手を執って拉致しようとする。

私は、この無頼漢の汚い手をとって、手首の辺りに一瞬だけ功を発した。すると、「グキッ・・バキ・バキ・バキ・・」と店内に乾いた音が響き渡り、ヤクザものは手首を押さえ、嗚咽の表情を浮かべながら、床にもんどり打って悶え始めた。お付きの無頼漢があっけにとられてこれを見ている。一瞬のことだったので尚更だ。これは、中国の秘術・硬気功だ。人間の骨など一気に粉砕できる。「君の友人、手首の骨が粉々になっているよ・・」と解説までしてあげた。漢は一瞬、逆上し、右の拳で私の左面を打ちに来た。一瞬「カン!」と乾いた金属音のようなものが響いたと思うと、やはり漢は右の拳を押さえ、床に座り込んでしまった。私の身体は、すでに精が凝り固まっており、功力によって打拳がきかないようになっているのだ。ヤクザものの右手はみるみるうちに野球のグローブのように腫れ上がり、その額にはすでに脂汗が浮いて、床に座り込みギャーギャー騒いでいる。

店内はすでに阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。私は、「ごちそうさん!」と言い放ち、柳麺の残りの湯をヤクザものの頭に掛けると尋問した。「おい・・おまえたちは、どこのバン無頼だ!?何が目的だ・・」私は、漢の左手をとって圧力をゆっくりと掛ける。漢は左手も使い物にならなくなると観念して、「青山・・龍紋会・・地上げ・・・」とだけ、声を絞り出した。いわゆる企業舎弟だ。「おい、その有力な人民代表とは、誰だ・・・」「黄乃センセイだ・・・」なんと!?与党の年金族で鳴らした大物代議士だ。それが、地上げ屋と癒着している??「では、その黄乃代表の屋敷に入るには、どうしたらいいのだ!?」ヤクザは苦悶の表情を浮かべると、「アオヤマ・デベロッピング・サービス・・龍紋の事務所から・・妹妹餃子の御贈答と言え・・」と言って気を失ってしまった・・。事態の根深さを悟った私は、博士を金遁雲号に乗せて、とりあえず博士の自宅がある田園調布まで送って行くことにした。