中国医学は「科学的」でないのに、なぜ病気を治せるのか?
【大紀元日本5月1日】 中国医学は「科学的でない」とよく言われるが、数多くの病人を治している。「科学的」だと言われる西洋医学もまた、多くの病人を治している。ということは、病気を治せるかどうかという点では、科学的か科学的でないかは重要ではなく、中国医学か西洋医学かということも重要ではない。重要なのは、治療効果であり、疾病から来る苦痛を和らげることができるかであり、生命を守ることができるかどうかということだ。
「科学的でない」という評価は、必ずしも貶めたことにはならない。もちろん、持ち上げたことにもならないが。宗教は科学ではないが、それを信じる人の数や程度は、科学を信じる場合をはるかに上回る。哲学も科学ではないが、この世界を説明し、心を慰める点においては、科学よりもずっと役に立つ。芸術も科学ではないが、情感を煥発し情操を陶冶する点において、科学よりもずっと効果がある。巫術(ふじゅつ、シャーマニズム)は科学ではないが、心理的な需要を満足させたり、特殊な情感の欲求の面では、科学よりもずっと効果がある。
病気を治す場合、どうして「科学的」でなければならないのか?病気は「科学的」に罹ったものだから、「科学的」に治さなければならないとでも言うのか?民間療法や庶民の経験であれ、さらには巫術であっても、病気を治すことができればいいではないか?それに「科学」「文化」「芸術」「哲学」といったレッテルを貼る必要があれば貼ればいい。
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