秋分が過ぎると、季節は寒露(かんろ)を迎えます。これは10月8日から22日ごろまでの15日間で、深まる秋を象徴する節気です。秋の最後の月のはじめにあたるこの時期は、朝晩の冷え込みが強まり、露も冷たく、空気の中に「冷たさ」と「静けさ」が増してきます。自然界では陽のエネルギーが弱まり、陰のエネルギーが強くなる——いわば、「陽が潜む」時期です。この陰陽の変化を感じ取り、食事や生活のリズムを調整することで、体調を整えることができます。
不思議な自然のサイン:「雀が大水に入り、蛤になる」
昔の人は、自然界の動物や植物の様子を見て季節の移り変わりを知りました。これを「物候」といいます。古代では、陰と陽のエネルギーの変化を観察し、一年を二十四節気に分けていました。そして一つの節気をさらに三つの「候」に分けます。一候は五日間で、つまり五日ごとに自然の気の流れが少しずつ変わる、という考え方です。三候で十五日になり、これが一つの節気を形づくっています。
寒露の三候は次の通りです。
一候:鴻雁来賓(こうがんらいひん) —— 雁が南へ渡る
二候:雀入大水為蛤(じゃくにゅうたいすいしてこうとなる) —— 雀が水に入り、蛤になる
三候:菊有黄華(きくにこうかあり) —— 菊の花が黄色く咲く
この中で、特に不思議なのが「雀が水に入って蛤になる」という二候です。なぜ雀がハマグリになるのか? これは比喩なのか、それとも本当に昔の人が見た現象なのでしょうか?
古い記録が示す「本当に見ていた自然の現象」
昔の本を調べると、これは単なる想像ではなく、実際に人々が自然の中で観察していたことをもとにしているようです。『酉陽雑俎』という書物には、次のように書かれています。「海辺の人の話では、秋になると小さな雀が海へ飛び込み、翌春にはハマグリとなって現れる。その貝殻には鳥の羽のような模様がある」
また『捜神記(そうじんき)』にもこうあります。「漁師が群れになった雀が波に飛び込んでいくのを見た。翌年には貝ができていて、その形が鳥のくちばしのようだった」
つまり、古代の人々は想像で話を作ったのではなく、毎年見られる自然の変化を記録していたのです。

秋が深まり、雁などの渡り鳥が南へ飛び立つころ(これが「鴻雁来賓」)、漁師たちは海辺で雀の姿が急に少なくなるのを見ました。そして同じ時期、潮の引いた砂浜では貝が丸々と太っていたのです。貝の殻には羽のような模様があり、形も鳥のくちばしのよう。そこで人々は「雀がハマグリに変わったのだ」と言い表したのでした。
昔の人たちにとって、「物候」はただの詩や比喩ではなく、自然のリズムを読み取るための大切な観察の記録でした。「雀が蛤に変わる」というのは、実際に見た現象を通して、陽の気が沈み、陰の気が満ちていくという季節の移り変わりを表したものです。つまりこれは、古代人が自然の中で陰陽の変化を「目で見える形」でとらえた証拠ともいえるのです。
「大水」とは——雀が海に入る意味と、寒露の陰陽の変化
「雀が大水に入る」という言葉に出てくる「大水」は、ただの川や湖を指すものではありません。そこには、古代の人々が自然と宇宙の変化を読み取った三つの深い意味が込められています。
① 地理としての「大水」——海という現実の自然
昔の人は、海のことを「大水」と呼びました。秋が深まり、渡り鳥たちが北から南へ飛んでいくころ、海辺の湿地や浜辺にはたくさんの鳥が群れをなして降り立ちます。古代の人々が海辺を見渡すと、小さな雀のような鳥が潮の引いた砂浜に降り、やがて波にのまれて姿を消す様子をよく目にしたといいます。そしてしばらく後、その場所にはたくさんの貝が現れた——この出来事が「雀が大水に入って蛤になる」という言葉の由来となりました。
つまり、この「大水」は、現実の海という自然の情景を表しているのです。
② 陰陽のエネルギーとしての「大水」——火が水に潜む時期
五行の考え方では、南は「火(陽)」、北は「水(陰)」に属します。寒露のころになると、夏の火の気(陽気)は次第に衰え、陽の力が水の中に潜む時期になります。地上には冷たい空気が広がり、「陽が陰の中に入る」という変化が起こります。
古代の思想では、太陽の神を「朱雀」、水や北の象徴を「玄武」と呼びました。したがって、「陽が陰に入る」=「朱雀が玄武に入る」ということになります。
このときの「大水」は、陰のエネルギーが最も強く、陽の気を内にしまう場所を象徴しています。雀は陽(火)の性質を持つ鳥で、その雀が水の中に入り、ハマグリという水中に潜む生き物に姿を変える——これはまさに「火が水に入り、陽が陰の中に潜む」ことを示しています。太陽が海に沈み、夜が始まるように、冬に向けて自然が静まり、エネルギーを内に蓄える季節の始まりを表しているのです。
③ 星の世界での「大水」——天の動きに見る陰陽転化
古代の星座の体系「二十八宿」では、南の七宿は「朱雀」、北の七宿は「玄武」に対応しています。朱雀は火の気、玄武は水の気を司る存在です。寒露のころ、朱雀の火のエネルギーは玄武の水の領域へと移り、天の火が水に沈むという変化が起こります。つまり、星の世界でも「大水」は北の水の宮を表し、天体の運行の中で火(陽)が水(陰)へと帰るという動きを意味しているのです。
このように見ると、「雀が大水に入って蛤になる」という現象は、ただの言い伝えではなく、天(宇宙)・地(自然)・人(身体)の気の流れが同時に変化する瞬間を象徴していることがわかります。
陽の力が弱まり、陰が盛んになると、動いていたものが静まり、表に出ていたエネルギーが内に潜むようになります。これは、秋から冬へ向かう自然のサイクルそのものです。太陽が海に沈むように、昼が過ぎ夜になるように、自然は今、エネルギーをしまい込み、次に訪れる春のために力を蓄え始めています。
そのため、この時期は人も自然に逆らわず、「内に蓄える季節」として過ごすことが大切です。活動を少し控えめにし、体を冷やさないようにして、しっかり休息をとる。そうすることで、冬を元気に乗り切り、春には再びのびやかにエネルギーを発揮できるようになります。
陰陽の変化と人の体のつながり
寒露は「秋の金」に属する節気で、自然界ではエネルギーを収める時期です。このころになると、陽の気(あたたかく外に向かう力)は静かに潜み、陰の気(冷たく内にこもる力)が次第に強くなります。人の体も小さな宇宙のように自然とつながっており、この陰陽のリズムと同じ動きをしています。
ところが、この時期に辛いものや熱を生む食べ物を多く摂ったり、頭を使いすぎたり、感情を動かしすぎたりすると、陽の気がうまく内に潜れず、火の気が金(肺)を傷つけてしまうのです。その結果、のぼせ、ほてり、乾いた咳、イライラ、不眠などの不調が起こりやすくなります。
したがって、寒露のころの養生の基本は、「陽を静め、陰を養い、気を収める」こと。古人が「雀が水に入り蛤になる」と表現したように、陽(火)が水に潜む季節、人もまた自然の流れに合わせて、陽の気を内にしまい、心を静めることが大切です。
道家の医理にはこうあります。「陽が潜めば心は落ち着き、陰が満ちれば気は安らぐ」
寒露を過ぎたら、早寝早起きを心がけ、風や乾燥から身を守りましょう。食事は温かく潤いのあるものを選び、激しい運動よりも、静かに体を整えるようにします。水分を与え、陽の気を内に潜ませるような食材が、この時期の体を支える力になります。
貝を食べて陽を養う —— 季節に合った食養生
日本の沿岸では、ちょうど寒露のころに貝がもっともおいしくなる季節を迎えます。ハマグリ、アサリ、トリガイなどは、まさにこの時期の自然の恵み。貝殻は羽のような模様をもち、鳥に似た形をしており、陰と陽が交わる象徴ともいわれます。
貝類は甘味とやや塩気があり、体を冷やしすぎない性質をもちます。腎を潤し、痰を除き、熱を鎮め、体の中の火を抑えるはたらきがあります。つまり、水の力で火を静め、陽気を内に保ち、心を落ち着かせる効果があるのです。
ハマグリ

性質:やや冷たい。味は甘くて少し塩気があり、肝と腎に作用します。
効能:肺を潤し、痰を除き、熱を下げ、心を安定させます。体にこもった熱や喉の渇きがある人におすすめ。
料理法:ハマグリ豆乳味噌スープ
昆布だしに豆乳を加え、ハマグリと少量のしょうがを煮ます。豆乳は陰を補って肝をやわらげ、ハマグリは陽を静めて肺を潤す——陰陽のバランスを整える理想の一品です。
アサリ

性質:やや冷たく、体の湿気を取り、毒を出し、肝の熱を下げます。
効能:胃腸の働きを助け、体の中の熱を鎮め、むくみやだるさを改善します。
料理法:大根とアサリのスープ
大根は気の流れを良くして胃の張りを取り、アサリは熱を取って解毒します。二つを合わせることで、体の気がすっきり流れ、乾きすぎず穏やかに整います。
トリガイ
性質:温かいが、熱すぎず穏やか。陰の中に陽を含む食材です。
効能:冷え性の人や、手足が冷たい人、陽気が不足している人にぴったり。
料理法:さっとゆでて冷やし、酢味噌などで和える、または味噌汁に入れる。腎を温め、陽を助けながらも、火を起こしすぎない。まさに「陽が静かに潜む」エネルギーを体に取り入れる料理です。
三つの貝はいずれも、「水が陽を包みこむ」という共通の性質を持っています。塩味は腎に働きかけ、腎は体の水のバランスを司る臓。水が火をなだめることで、体の中心にある陽気(生命エネルギー)を守り、寒露以降の冷えた季節に、エネルギーを静かに蓄えることができます。
結び —— 食で天とつながり、自然とともに生きる
古代の人々が「雀が水に入り蛤になる」と記したのは、単なる伝説ではありません。これは、「自然の流れに合わせ、人もまた心と体を整えよ」という教えでもあります。雀が水に入るのは、火(陽)が水(陰)に潜むという自然の変化。ハマグリが生まれるのは、陽が陰の中に静かに宿るという象徴なのです。
人もまた、この時期には外の活動を控え、心を静め、温かく潤う食事をとることで、自然のリズムと同じ調子で生きることができます。
寒露の夜、風が冷たく、露が重く降りるころ。温かい貝のスープをゆっくり味わってみてください。ほのかな塩気と旨味が喉を通り、体の奥に陽の気が沈みこむような安心感が広がるはずです。それはただの食事ではなく、自然と呼吸を合わせる時間なのです。
「雀が大水に入り蛤になる」という言葉は、昔の人の天への観察から生まれた知恵であり、「季節に逆らわずに生きる」ための静かなメッセージでもあります。寒露を恐れず、冬の寒さをも恐れず、自然の流れに身を委ねて穏やかに暮らすこと。食べることを通して体を整え、陽を内に蓄えること。それこそが、春を迎えるための最高の準備なのです。
(翻訳編集 華山律)
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