私たちの脳が健康でいられるかどうかは、約1億個の神経細胞(ニューロン)同士がやり取りする信号にかかっています。その中でも「脳由来神経栄養因子(BDNF)」というタンパク質は、脳内の情報伝達をスムーズに行うための重要なつながりを維持する役割を担っています。
BDNFは数ある要素の中のひとつですが、その働きは一生にわたる脳の健康を守るうえでとても大事です。食事や生活習慣を工夫してBDNFを活性化させることで、特に年齢を重ねた後の脳の大きさや働き、環境への適応能力をサポートできる可能性があります。
脳の健康を支える「肥料」BDNF
BDNF(脳由来神経栄養因子)は「ニューロトロフィン」と呼ばれる成長因子の一種で、脳の神経細胞(ニューロン)を守り、健康を保つ役割を持つタンパク質です。このBDNFは、脳内で最も豊富に存在する成長因子で、記憶や感情、空間認識、言語処理、運動などをつかさどる重要なエリア(海馬、扁桃体、小脳、大脳皮質)に多く含まれています。
脳がしっかり働くためには、これらのエリアがそれぞれ独立して機能することが必要です。しかし、メリーランド大学のJ.カーソン・スミス教授によると、年を重ねるにつれてエリア同士の区別があいまいになり、集中したり記憶したりする際に、情報が混乱することが増えるそうです。
「歳を取るにつれて脳の機能が低下してくると、神経の働きが衰えるのを補おうとして、脳のいろいろな部分が一度に働こうとします」とスミス教授は『エポックタイムズ』の取材で語っています。
BDNFは、こうした神経機能をしっかり支える役割を持っています。その働きは、子供のころに脳の神経細胞を成熟させ、生き延びる力を助けるところから始まり、生涯を通じて脳細胞の成長や維持をサポートし続けます。また、BDNFは「脳の柔軟性」を支える役割も果たします。これは、新しい情報や課題に対応して脳が新しいつながりを作る力のことを指します。
ただし、スミス教授によると、BDNFの本当の主な役割は新しい神経回路を作ることではなく、神経細胞の端にある「樹状突起」と呼ばれる構造をしっかり維持することかもしれないそうです。この樹状突起は、脳内で神経同士が情報をやり取りするための「道」のようなものです。
「BDNFはまるで肥料のような存在です」とスミス教授は説明します。「BDNFは神経同士のつながりを助け、樹状突起の枝が壊れたり、消えてしまったりするのを防いでくれるのです」
BDNFの減少とその影響
年齢を重ねると、BDNF(脳由来神経栄養因子)の量が減少し、脳細胞やそれらをつなぐネットワークを支える「肥料」が不足してしまいます。研究によれば、BDNFの減少は脳の老化と関係があり、例えば、認知テストのスコアの低下、海馬の縮小、そして軽度認知障害(MCI)の発生などが挙げられます。
MCIは記憶や判断力、意思決定の面で問題が現れる状態ですが、認知症やアルツハイマー病ほど深刻なものではありません。また、神経細胞が新しく生まれる力(神経新生)の低下や、アルツハイマー病に見られるアミロイドβの蓄積もBDNFの減少と関連している可能性があります。
ただし、BDNFの減少と認知機能の低下との関係は単純ではありません。2023年に学術誌『Biomolecules』で発表された研究では、アルツハイマー病の患者のBDNFレベルがMCI患者よりも高いことがわかりました。しかし、別の研究では、アルツハイマー病やMCIの患者のBDNFレベルは健康な人よりも低いという結果が示されています。
研究の著者たちは、「BDNFのレベルは病気の進行度によって変化する可能性があり、MCIやアルツハイマー病の初期段階ではBDNFが高くなる一方、病状が進行すると低下することが報告されています」と述べています。
この理由はまだ解明されていませんが、研究者たちは、認知機能が衰え始めた初期段階で、脳がダメージを修復したり病気の進行を食い止めようとして、BDNFを多く作り出しているのではないかと考えています。
また、BDNFの測定方法も研究結果に影響を与えている可能性があります。スミス教授によれば、「人間の脳内でBDNFを直接測るのは難しく、侵襲的(体への負担が大きい)な方法が必要です。そのため、研究者たちは主に血液中を循環しているBDNFを測定しています」とのことです。しかし、この血液中のBDNFの量が、脳内の実際のBDNF量を正確に反映しているとは限らない点が課題です。
BDNFに影響を与える要因
BDNFに関する研究は複雑ですが、多くの研究で共通して指摘されているのは、BDNFを増やしたり減らしたりする要因には、私たち自身で変えられるものがあるということです。その中でも特に重要なのが「炎症」です。グルタチオンを使った健康製品の開発者であり、著名な自然療法医でもあるジーナ・ニックさんは、炎症がBDNFに大きな影響を与えると話しています。
ニックさんによると、食品や環境に含まれる有害な物質に長期間さらされることで、年齢とともに体内の炎症が増えることがあります。こうした有害物質は「活性酸素(ROS)」と呼ばれる不安定な分子を作り出します。この活性酸素は、自分を安定させるために健康な細胞や組織から電子を奪い、その結果、新たな活性酸素を生み出す連鎖反応が起こります。
こうした連鎖による組織のダメージは「酸化ストレス」と呼ばれ、体全体、特に脳で炎症を引き起こす原因になります。ニックさんは、酸化ストレスが増えるとBDNFの量が減少すると指摘しています。この影響は、高齢者で特に大きい可能性があり、それは年をとるにつれて、体が細胞やDNAの損傷を修復する力が弱くなるからだと考えられています。
食事とBDNFのつながり
炎症は、加工食品に多く含まれる塩分や脂肪、添加物などの食事要因によって引き起こされる可能性があります。自然療法医のジーナ・ニック氏によると、こうした食品は体内で最も重要な抗酸化物質である「グルタチオン」を減少させ、慢性的な脳の炎症を引き起こす悪循環を作る恐れがあるとのことです。
「グルタチオンは体内で自然に作られるものですが、その生成過程で他の抗酸化物質を多く消費します」とニック氏は『エポックタイムズ』に語っています。「ですが、環境中の毒素に多く触れると、それが脳の炎症を引き起こし、結果として脳内のグルタチオンが減ってしまいます」
そのため、グルタチオンを作るために必要な抗酸化物質をしっかり補うことが大切です。これにより、脳細胞を傷つけるのを防ぐ力を体が維持できるとニック氏は説明しています。
さらに、他の抗酸化物質もBDNFのレベルを高めたり維持したりする可能性があります。2021年に発表された『Nutritional Neuroscience』の研究によれば、ポリフェノールという植物由来の栄養素を含む食品やサプリメントは、BDNFを増やす効果があるとされています。また、フラボノイドやオメガ3脂肪酸DHAといった抗炎症成分が、BDNFのレベルを高める可能性があるとも指摘されています。
脳の健康を守るための運動の効果
運動を習慣にすることは、BDNFや脳の健康全般に良い影響を与える可能性があります。2023年の研究レビューでは、多くの運動実験で見られる認知機能の向上にBDNFが重要な役割を果たしていると指摘されています。特に、有酸素運動は軽度認知障害(MCI)や認知症のケースで、認知機能を改善する効果があるとされています。
このレビューでは、運動による認知機能への良い影響として、乳酸や筋肉から放出されるタンパク質、そして「オステオカルシン」と呼ばれる骨の成長を助けるタンパク質の働きが挙げられています。オステオカルシンは筋肉を運動に適応させるサポートをし、これらの分子がBDNFの生成を増やすことで、気分の向上や記憶力、学習能力の向上につながると考えられています。
ただし、食事と同じく、このプロセスは単純ではありません。運動の効果は、運動の強さや時間によって異なることがあります。また、長期間運動を続けると、血中のBDNFレベルが下がる場合もありますが、それが記憶や認知機能に悪影響を与えるわけではないようです。
健康な脳を保つためにBDNFをサポートしよう
認知機能を高めるのに効果的とされる食事やライフスタイルを取り入れることで、BDNF(脳由来神経栄養因子)の生成をサポートし、脳内の情報伝達をスムーズに保つことができます。
例えば、地中海式食事法は、野菜や果物、ナッツ、魚、オリーブオイルなどを中心とした食事スタイルです。この方法は、抗酸化物質を多く摂取しつつ、飽和脂肪や精製された炭水化物など、炎症を引き起こす可能性のある食品を減らすことができます。
自然療法医のジーナ・ニックさんによると、グルタチオンという強力な抗酸化物質を含む食品や、その生成を助ける食品を取り入れるのが効果的だそうです。具体的には、ブロッコリーやキャベツなどの野菜、桃やイチゴといった果物、グラスフェッド(牧草で育てられた)赤身肉などがおすすめです。また、クルミもオメガ3脂肪酸を豊富に含んでおり、BDNFをサポートするのに良い食品です。
「1日にひとつかみのクルミを食べれば、BDNFをサポートするのに十分なオメガ3脂肪酸が摂取できますよ」とニックさんは話します。
運動もBDNFを高める効果が期待できます。研究によると、たとえ1回の運動でも効果があり、運動を続けることでさらに効果が大きくなるとされています。カーソン・スミス教授は、「自分が無理なく続けられて、楽しめる運動を見つけることが大切」とアドバイスしています。
例えば、階段を使ったり、庭仕事をしたりするだけでも効果があります。エレベーターを使わずに階段を上る、夕食後にちょっと散歩をするなど、日常の中でできる小さな工夫を取り入れてみてください。天気や安全が気になるときは、無料で利用できる室内エクササイズ動画や簡単なストレッチ動画を活用するのも良い方法です。
家族や友達と一緒に取り組むことで、楽しく続けやすくなり、さらに効果的になるかもしれません。
「BDNFを高めるためにできることは、いつでもどこでもあります」とニックさんは言います。
この記事で述べられている意見は著者の意見であり、必ずしもエポックタイムズの意見を反映するものではありません。エポックヘルスは、専門的な議論や友好的な討論を歓迎します。
(翻訳編集 華山律)
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