「白いピラミッド」は茂陵か
「白いピラミッド」は1912年に発見され、高さ300メートル、底辺の幅は450メートルあり、4つの角はコンパスのように正確に東西南北の4方向を向いています。
1978年、ニュージーランドの研究員のブルース・キャシー(Bruce L. Cathie)は、中国のピラミッドの謎を解くために、何度も中国大使館と米空軍と連絡を取り、1983年に著書を出版しました。
それによると、「このピラミッドの4つの底辺の長さはそれぞれ45メートル、高さ300メートルあり、斜面は階段になっていて、頂点には四角形のプラットフォームがあり、エジプトやメキシコのピラミッドと同じ構造になっている」といいます。書中の描写によると、このピラミッドは現在、西安の渭水下流付近、北緯34.26度、東経108.52度に位置しています。
では、これほど大きなピラミッドで、関連する記録もたくさん残されているのに、なぜ欧米の学者はや考古学者は調査しなかったのでしょうか?
推測によると、当時、科学技術があまり発展しておらず。また、中国にはピラミッドは存在しないはずだという普遍的な認識により、2001年まで外国の学者や考古学者たちは中国を訪れなかったのです。
西安の文物保護修復センターの研修員によると、「これらの建設物は2、3千年前からすでに存在しており、誰もが知っているが、ピラミッドとの関連性を誰も考えなかった」といいます。
Google Earthで緯度を調べたところ、白いピラミッドの痕跡はどこにもなく、むしろ、咸陽付近(北緯34.22度、東経108.41度)では、2つの比較的に大きい「台形」の建設物が発見されました。分析によると、うち1つが「4つの斜面が階段状になっており、頂点にプラットフォームがある」建設物です。
ただ、異なるのは、その建設物は白色ではないことと、書中に書かれたような巨大でもなかったことです。その建設物の幅は240メートル前後で、高さも40メートルしかありません。
2001年に英国の地震学会のホームページで発表された説によると、白いピラミッドは北緯34.20度、東経108.34度に位置している「茂陵」――漢の武帝劉徹の陵墓である可能性が高く、大きさや色の違いは、判断の間違いでなければ、太陽の光による誤差だといいます。
――正見ネットより転載
(作者・意文/翻訳編集・天野秀)
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