【党文化の解体】第2章(13)「中共が闘争思想を注入する目的」

3-1) 中共が闘争思想を注入する目的

 ジョージ・オーウェルの名作 『動物農場』では、動物が人類の「搾取」に耐えることができず、革命を起こす。結局人を追い出して動物自身が主人である「動物農場」を作った。動物を従えて「革命」を起こしたリーダーの豚たちは、しばらくして独占的に牛乳を飲み、りんごを食べることができる特権を得た。

 当初、「すべての動物は皆均しく平等だ」という信念を持って革命に参加したその他の動物たちは、その信念に疑いを持ち始めた。それに対して、宣伝を担当している豚はこう言った。「私たちがこれらの食物を食べる唯一の目的は、私たちの健康を保護するためだ。私たちは、農場を全体的に管理して組織する事を引き受けなければならない。私たちは昼夜をわかたないで皆さんの幸せのために尽力している。つまり、私たちが牛乳を飲みりんごを食べるのは、あなたたちのためなのだ。あなたたちは、私たち豚たちが失職すればどんな事が起こるか分かっているのだろうか?ジョーンズがまた来るのだ。そうだ。ジョーンズがまた来る!同志らよ!」

 ジョーンズとは、元々動物農場の主人、すなわち「古い社会」の統治者だ。ある動物たちはジョーンズの頃の動物たちの生活が今と大差ないことを薄々感じていたが、毎日のように宣伝されると、ジョーンズの恐怖がまた蘇り、条件反射的に動物たちの脳裏の中に深く刻まれた。

 このため豚の特権に対して意見を言う者は誰もいなくなった。そのため、瞬く間に、豚の特権はますます多くなった。

 他方で、「私たちを滅亡させようとする心を捨てない」ジョーンズがまた来るのをいかに防ぐのか、特にジョーンズと結託して農場の建設を破壊した「背信者」を見つけ出すことは動物たちの日常生活で重要な内容になった。

 このような「最大の事」の前では、その他の不満や違う意見は皆あまり重要ではない些細な事となった。そして随時「警戒性を高めて」「戦闘を準備する」ことが、すべての社会生活を超越して一番重要な内容になった。

 オーウェルは寓話を通じて、独裁者が闘争哲学を鼓吹する実質を鋭く描いた。闘争哲学とはすなわち、人々の頭の中にバーチャルな敵を作りあげ、敵の危険性を時々刻々に強調し、「一致団結」の必要性を強調し、人々が独裁者のすべての蛮行を「しばらく我慢する」ようにしむけるものだ。

 このような蛮行は、最終的に民衆たちを幸せに導くという良好な願いから出たというのだ。しかし、この種の闘争は、総じて「長期的、複雑、困難」であって、人々の「しばらくの我慢」は実は永遠に終わらないものなのだ。

 中国人は、この種の時々刻々の「危険」にすでに慣らされてしまった。この種の危険は、以前には「蒋介石の一握りの特務機関員」によってもたらされたのであり、「天地を覆そうとする一握りの地主、富豪、反動勢力」、「狂ったように社会主義を攻撃する一握りの右派分子」、そして、「資本主義の道を歩こうとする一握りの実権派」によってもたらされたのであり、さらには「一握りの有象無象」によってもたらされた…、と言われた。

 そして、こういう「危ない敵」は、かつて自分たちのそばにいた知り合い、先輩、師匠、隣人たちであり、中共の「生きるか死ぬか」式の闘争論理によって、「消滅」させられた「一握りの者」は、およそ4000万人だと推計される。

 

「村々で血祭りにあげ、各戸で闘争せよ!」(イラスト=大紀元)

歳月が流れるに従って、共産主義は世界中で破綻し、今日中共はもはや、当初のこういった「人民の敵たち」は一体何が危険だったのかを、国民にはっきりと説明する方法がなくなった。

 

 しかし、知らず知らずのうちに、人々は新しい「危険」が周りに相変らず存在することに気がつき、民衆たちの意識の中で闘いは相変らず必要であった。ただ、今日の「危ない敵」の罪名は、すでに時代遅れの「反党」、「反社会主義」から、いわゆる「国家の安全を害する」「政権を転覆する」「反中国勢力」「邪教活動」などにとって替わられた。

 これはまさに、中共がここ数十年間にわたって民衆に闘争思想を注入してきた結果だ。実際、伝統文化がほとんど破壊され名誉が失墜したと同時に、幾千年間伝えられて来た中国伝統の善悪の価値観も徹底的に転覆され、中共は党文化による是非の価値観を民衆たちに注入した。

 このような価値観の核心の一つが、「弱肉強食、適者生存」の闘いの哲学だ。共産党の世界観は階級闘争の理論の上に建立されたのであった。その哲学思想である唯物弁証法は、世界の矛盾性、対立性、闘争性を主張し、闘いを通じて、仕事の内容が量から質へと転じ、事物がこのためにさらに低級から高級へと発展し転化するというものだ。

 この思想を人類の歴史に応用したのがまさにいわゆる歴史唯物主義だ。すなわち、社会の発展史は、階級闘争の歴史であり、闘争の核心は国家の政権で、国家の政権は暴力によって獲得され、また暴力によって運行、維持されるというものだ。

 はっきり言って、これはダーウインの進化論を人類社会に運用したということだ。階級間で残酷な闘いを通じて、結局、弱肉強食、いわゆる適者が生存するというものだ。暴力で政権を奪取した中共は、自らに「合法政権」というレッテルを貼りたいがために、常々「歴史が中国共産党を選択した」と言ってきた。人民が歴史を決定し、したがって人民が党を選択したというものだ。

 中共の言う「歴史がそれを選択した」ということには、「弱肉強食」「適者生存」の意味が含まれている。なぜなら、中共は造反して成功したので、勝利者が「歴史発展の潮流」を代表したからだ。これはまさに、中共が闘争の邪説を注入することに夢中になる原因の一つなのだ。

 残念なことに、この是非を混同し、結果を原因として捉える邪説は即ち、300年前に中原の漢人が満州族の侵入を「選択」し、700年前に漢人が蒙古の侵入を選択したということと違いはない。中共が執政した歴史は、50年余に過ぎず、歴史の選択だと言うにはあまりにも性急なのだ。

 実は弁証法はマルクスが作ったものではない。マルクス自身も弁証法はヘーゲルが源であると認めていた。しかしヘーゲルの思想は、中国古代の弁証法的思考から啓発を受けたのだ。確かに、中国古代の『易経』、八卦、河図、『黄帝内経』、『孫子の兵法』 などには弁証法的思考の知恵が散見される。

 『易経』の中では、64卦を通じて人類が認識することのできる宇宙の次元で、事物の中で互いに対立する二つの要素の相互の制約、転化と依存の関係、及びこれによる事物の発展法則を演繹してみせた。そこでは事物が運動発展する中での動静の変化や、陰陽の消長、五行の共存相剋などの要素を敍述しただけでなく、さらに物事が「潜竜、用いることなかれ」、「見竜、田に在りて」から始まり、「飛龍、天に在りて」となり、結局は「高みの龍に悔いあり」で終わる(『易経』乾卦)という物事の完全な発展過程を描いた。

 マルクスがその唯物弁証法の中で論述した、事物の普遍的な連携、変化発展、質の変化、否定の否定などは、ただ表現の差にしか過ぎない。しかし 『易経』では、定性的な論述だけではなく定量的な把握もある。『易経』を基礎にして、人体の漢方医学に運用されたし、古代の軍事兵法に運用され、古代東洋のすぐれた知恵を具体的に現わした。

 マルクスは弁証法のいわゆる「発展」で、特に闘争性を強調・誇張し、矛盾の対立と衝突を強化した。彼は、「対立面の統一は、条件的なことであり、一時的ですぐ消えることであり、相対的なものだ。しかし、相互に排斥する対立面の闘いは絶対的だ」と主張した。

 それゆえ、共産党の理論家たちは、闘争性をマルクス主義弁証法の「革命魂」であると認識した。これを基礎にして社会的な矛盾を処理する方法は、ただ闘いだけであり、闘いを通じて対立面を消滅するものだ。

 マルクスの唯物弁証法は、暴力で政権を奪取した共産党に理論的な根拠を提供するために熱心に闘争性を強調していた。それゆえ歴史唯物主義の認識によると、階級闘争は階級社会発展の原動力であり、暴力革命は「新しい社会」の助産婦であり、暴力で政権を奪取したことは社会進歩の要素であると美化することとなった。

 毛沢東はかつてこう言った。「マルクス主義の理は入り組んでいるが、その根は造反にはそれなりに理由があるという一言に帰するものだ」。この一言は実質的な的を射ており、まさにこのようにして、血を好む党文化は、あらゆる共産独裁政権の国の後を絶たない動揺、不安、衝突の根源となった。

 今日中国社会で、人々は無愛想で、嫉み合い、相手を信頼して包容することができないということも、党文化の闘争哲学と密接な関係がある。