就学前(1989~1992年) 「ポチはシロなの」
童話の読み聞かせは言語の発達に欠かせない。幸いなことに、ロンドンに滞在していた先輩が日本に帰国することになり、良い絵本をたくさんいただいた。おかげで就寝前の日本語での読み聞かせを習慣化することができた。また、日本の母にも童話を送ってもらった。最初は『赤ずきんちゃん』や『おやゆびひめ』といった西洋の童話ばかり届いたので、日本にしかない日本の童話を中心に送ってもらうようお願いした。アニメシリーズの小さめな本が当時ちょうど書店に出回っていたようで、 童話の残酷な部分は全て削除されて、軽いタッチになっていた。「なるほど、子供に恐怖心を与えないように、今の日本ではこうなっているのか」と納得した。
現代風にかなりアレンジされた日本の童話でも、やはり口伝えに受け継がれてきた表現は残されていて、日本語としてしっくりする。読み聞かせていくうちに、日本の童話は日本語で読むのが一番ということがわかってきた。とにかくリズムがあるのだ。例えば、「早く芽を出せ柿の種、出さぬとハサミでちょん切るぞ」(さるかに合戦)。イギリスの環境保護者に意味だけ翻訳して聞かせたら、発刊禁止にしてしまうかもしれないが、子供に読み聞かせると、一緒に小躍りしてくれる。日本語特有の七五調なのだ。
同様に英語の童話は英語で語るのが一番いい。三匹の子豚でオオカミが子豚の家を吹き飛ばすとき I’ll huff and I’ll puff, and I’ll blow your house downと言う。ハフ(立腹、一陣の風:夫は息を吸い込むときの音だと解説してくれたが辞書にはない)、パフ(一吹き)、そして「家をぺっちゃんこにしてしまうぞ」という意味のブロー/ハウス/ダウンの言葉の響きは日本語には置き換えられない。聞いている子供の方も一緒に呼吸するようだ。
「ここほれワンワン」というのも、真っ白い犬と正直なおじいさんを思い浮かべるだけで嬉しくなる表現だ。何度も読み聞かせた後、散歩の途中で、「正直じいさん、ポチつれて〜」という歌が頭に浮かんできた。「お〜ばん、こばんが、ざーくざーく、ざっくざく」。なんと完結に4行で全ての話を言い表していることか。しかし、私が読み聞かせていたアニメ版の本では犬の名前は「シロ」だった。さて、どうやってこの違いを説明したらいいのか、と一人でくちごもっていたら、娘の口から一言、「ポチはシロなの」。これもまた完結な説明で、脱帽した。
(続く)
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