≪縁≫-ある日本人残留孤児の運命-(79)

沙蘭はあたり一面真っ暗でした。すでに深夜になっており、明かりを灯している家はほとんどありませんでした。峰をおりる時、小走りに歩を進め、村に入ってからは真っ直ぐに趙全有の家を目指しました。

 中庭に入ってみると、家の中にはランプが灯っていました。玄関には鍵が掛かっておらず、私はノックをすると、直接家に入って行きました。

 家の中はとても暗かったのですが、弟が骨と皮ばかりに痩せ細り、魂が抜けたかのようにオンドルの上に横たわっているのがはっきりと見えました。私は唖然として、これが私の弟「一」だとは信じることができませんでした。ほんの数ヶ月見ないだけで、こんなにも痩せてしまったのです。

 私は悲しくて何も口に出せませんでした。しかし、涙がしきりに溢れ出し、弟の顔をはっきりと見ることができませんでした。

 弟は私が部屋に入ってくるのを見ると、消え入りそうな声で嬉しそうに、「お姉さん」と呼びました。彼は幼少の頃から私のことを日本語で「お姉さん」と呼び、今もその言葉を忘れていませんでした。

 弟の蚊の鳴くような声で、私は放心状態から目が覚めました。私は急いで涙を拭い去って、直接オンドルのところに行き、彼の傍に座るとその手を擦ってみました。それは氷のように冷たく、感覚がなくなっているかのようでした。

 私は弟の手を擦りながら、じっと見つめました。弟もまた目を大きく見開いているのですが、力なく私を見つめるだけで、話す気力がないようでした。弟は裸でオンドルの上に寝かされていました。全身が氷のように冷たく、私は手で足を温めてあげました。

 趙おばさんが外から入って来ましたが、私と弟が一緒にいるのを見て、何も言わずにまた出て行きました。そしてしばらくして、大きなお椀と、何やら書いてある大きな黄色の紙を一枚持ってきました。

 趙おばさんは、その黄色の紙を小さく千切り、それをお椀に入れると火をつけました。そして燃えカスの黒い灰を水に浸すと、指でそれを混ぜて黒い水を作り、弟にそれを飲ませようとしました。

 弟は力なく養母に哀願しました。「お母さん、僕は本当に飲みたくないんです。こんなふうになってしまったんだから、もう本当に飲みたくないんだ」

 しかし、養母は弟がまだ話し終わらないうちに、その頭を抱えあげ、弟の口の中に注ぎ込みました。弟はすでにわずかの気力もなく、養母がそんなにたくさんの黒い水を自分に飲ますがままにしました。

 私は趙おばさんの手からさっとお碗を奪い取り、それ以上弟を苦しめることがないようにしました。もちろんおばさんは、それが弟を苦しめていることになるなどとは思っておらず、これで弟を救い病を治すことができると信じていたのでした。

 趙おばさんは、私がお碗を奪い取ったのを見ると、感極まって、両手でオンドルを叩いて泣き出しました。そして泣きながら言うのです。「あれは巫女さんが書いてくれたお札なんだ。この子が帰って来てこの病気にかかって以来、私はずっと巫女さんにお願いして、このお札を書いてもらって飲ませているのさ。おまえはどうして帰ってくるなり、飲ませないようにするんだい…」

 私はおばさんと言い争ったり説明したりするでもなく、急いで弟の手や足を擦ってやりました。

 (続く)