【ショートストーリー】タイキョクさん

【大紀元日本12月3日】ある村に、古寂びた祠があった。どれぐらい古いのかというと、村の古老が、「その祠のある神木が、村人三十人が手をつないでやっと一周できるくらいだから、え~と数千年前なのかもしれない・・」というぐらいで、誰一人として知る由もなかった。

村はずれの鎮守の森の中にひっそりと佇むこの祠には、奇妙な神様が祀られ宿っていた。病に苦しむ者が、病気平癒を願い祈ると、まずはたちまち重篤になり、それから嘘のように快癒する。貧困に悩む者が豊かになろうとして祈ると、たちまちにして生計の道を断たれ、食うや食わずの極貧生活になるが、その後、生業を起こして栄える。嫁姑問題で悩む婦人が家庭の平和を祈ると、家庭内で孤立して暇を出されそうになってから、姑が急逝しという具合に最悪の状況から一転して吉に転じる。そのため、村人は皆「タイキョクさん」と呼んで、これを畏れ敬っていた。

この不思議な霊験を目の当たりにしていたある男は、欲目が入って魔がさした。元来、何の不自由もない暮らしぶりであったが、小賢しい知恵を働かせ、「・・・この神は、要するに天の邪鬼のようなものなんだ・・祈ると逆の結果になるのだ・・そうだ・・」と一計を案じた。

そして祠の前まで来ると、用意してきた酒肴を供え、「・・・どうか神様・・私を世界で最も不幸な男にして下さい・・」と念いりに願った。祈り終わると、男はしてやったりと満面の笑みを浮かべ、自身の発想に悦に入っていた。男は、踵を返して家に戻ろうとしたが、「・・・はてな?・・待てよ・・自分一人幸福になっても仕方がないな・・自分の家だけでなく、村全体も幸福にしないとな・・・・」と思い直し、再び祠の前で、「・・・どうか、この村全体が世界で最も不幸な村になりますように・・」と念いりに願った。

すると翌年の春先、この村にイナゴの大群が飛来した。これで村の作物は大打撃を受けた。続いて、夏の暑い日、雨が何日も降らず、大干ばつに見舞われ、稲作が全滅した。村人は仕方なく、村はずれの鎮守の森にある穀倉を開き、備蓄した食糧を分け合って、ひと冬を過ごそうということになった。

しかし、悲劇はこれに留まらなかった。秋になると、大型の台風が連続して飛来し、その暴風によって河川が氾濫して、村の家屋の多くが倒壊して流された。さらに秋風にのって流感が広まり、その疫病で老人や子供の多くが雨風を凌げずに倒れて逝った。

それでも強靭な壮年の村人は、何とか生存していたが、冬を迎えると今度は戦火に巻き込まれ、なけなしの食糧や金銭が略奪に遭い、その多数が暴行され殺戮された。残ったわずかの者もこれの復讐のため徴兵に応じ、男が気がついた時には、村は人っ子一人おらぬ、猫一匹、犬一匹通らぬ廃墟と化した。

この地獄絵図の惨状を目の当たりにした男は、後悔と自責の念を禁じえず、自ら頭を剃ると奥山に隠遁し、出家して仏道修行の生活に入ったという。その後、この地域一帯は、村人全体が全滅した後、新しい領主がこれを治め、高僧を招いて懇ろにその亡くなった村人たちの御霊を供養するとともに、新しい寺社を建立して寺町として発展した。