【季節のテーブル】お札納めの「七」五三

あきの風 秋の楓(もみじ)に 来て帰る

【大紀元日本11月18日】「通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちょっと通して下しゃんせ、ご用のない者、通しゃせぬ、この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります、行きはよいよい、帰りはこわい、こわいながらも、通りゃんせ、通りゃんせ」

童謡『通りゃんせ』は通りゃんせで始まって、通りゃんせの呼びかけで終わっています。七五三の止めのお宮参りは、七歳の時です。七つのお祝いに「お札」を納めると歌われています。伊豆諸島にある島(利島・新島)の伝承によれば、氏神さんから授かったハカセ(博士)と呼ばれる守り神を生後14日目に作ります。半紙で作ったハカセを七歳になるまで神棚に祀り、わが子の守護をお願いするのです。七歳までは神の子といわれる風習を伝えています。そしてわが子が七歳になると、ハカセ(お札)を氏神に納めて守り神をあの世にお返しし、自分の力でこの世を生きていく旅立ちを迎えるのです。行きはよいよい、帰りはこわいと歌われる童謡『通りゃんせ』のお札納めの刹那に、あの世からこの世へと子どもの心身の総体が象徴的に譲り渡されたと言えるでしょう。

お札を納めた時に、子どもは天神様から「何か」を受け取りました。この世で使い切る何かを、例えばこの世を生き抜いてゆく意志や知恵のようなものを携えて生き、やがて人生の果実を納めに再び通りゃんせの門を潜る時が来ます。通りゃんせを潜ったことのあるすべての人は、七歳までの思い出と共にハカセからの祝福をこの時に受け取ることが出来るのです。

(イザヤ・パンダさん)