2023年、ジェシー・ラモス氏は祖母の夢を見ました。祖母は「しっかりしなさい」と告げました。翌朝、ラモス氏は飲酒をやめました。
やがて運動が、新しい日常の一部になりました。ストレスに対処するために、飲酒や過食、延々とスクロールし続けることに20年近く頼ってきた同氏は、体を動かすことが、気分を良くするもう一つの方法になると気づいたのです。
「科学的なことは知りませんでした。ただ、最高の気分になれることだけはわかっていました」と、現在はニューヨーク市でフィットネストレーナーをしているラモス氏は、エポックタイムズに語りました。
ラモス氏の経験は、研究者の間で関心が高まっていることを物語っています。運動が変えるのは、筋肉や心肺機能だけではないということです。1回の運動でも気分や頭の働きに影響することがあり、定期的に体を動かせば、脳の健康を長期にわたって保つのに役立つ可能性のある適応が促されます。
運動の恩恵は、時間の長さが異なる段階が重なり合いながら現れます。散歩の後の気分から、脳が老化にどれだけ耐えられるかまで、さまざまです。
最初の数分
運動を始めて数分のうちに、体が必要とするエネルギーが急増します。それに応えるため、神経系は「アクティブモード」(闘争・逃走反応とも呼ばれる)に切り替わります。
「最初に起こるのは、脳内の化学的な状態が変わり始め、電気的な活動が高まることです」と、米ノースカロライナ州ニューバーンにあるBrainTap Technologiesの創設者で、神経科学者のパトリック・ポーター氏は、エポックタイムズに語りました。
「この切り替えによって血流と酸素が増え、体のバランスが保たれます。その結果、ニューロン(神経細胞)にエネルギーが供給されます」
血流と酸素が増えると、脳は神経化学物質を次々と放出します。やる気に関わるドーパミン、気分の調節に関わるセロトニン、集中に関わるノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などです。研究によると、運動の前後で脳の状態は同じではありません。短い運動でも、集中力から記憶力まで、自分では気づきにくい形で、脳の働きが一時的に変わることがあります。
「こうした変化が重なることで、運動中や運動後に頭が冴えて活力を感じる人が多い理由を、説明できるかもしれません」と、ポーター氏は述べました。
このドーパミン反応が「ランナーズハイ」の仕組みです。ニューヨーク医科大学の副学長で、神経学と医学の教授であるミル・エティエンヌ医師によると、依存症に苦しむ人が同じ化学的な高揚感を追い求めることが多い理由も、ここにあります。
研究によると、体をよく動かす人ほど、どの年齢層でも幸福度や生活への満足度が高い傾向があります。2,345人の健康な成人を対象とした2020年の研究では、身体活動量が中程度または高い人は、低い人に比べて、人口統計学的な要因を考慮しても、生活満足度と幸福感が高いと答えていました。
ラモス氏にとって、ランナーズハイと依存症の報酬系が重なっているという事実は、自分の体験そのものでした。
「気分を良くするために食べ、何も感じなくなるために飲んでいました。自分が体に何をしているのか、理解するための知識がありませんでした」と、同氏は言いました。
のちにラモス氏は、自分の状態を「ドーパミンの調節異常」、つまりストレスによって脳の正常な報酬反応が鈍っている状態だと理解するようになりました。それは、ポーター氏の説明とまさに一致していました。「脳は報酬系、つまりドーパミンが大好きなのです」。ポーター氏によると、ストレスは脳のドーパミン反応を鈍らせることがありますが、運動はそれを回復させ、脳がより自然に働けるようにする可能性があります。
運動は、ラモス氏にストレスへの別の反応をもたらしました。それは、繰り返し立ち返りたいと思える反応でした。
数か月後
1回の運動は、脳内の化学的な状態を一時的に変えます。運動を続けると、脳そのものが変わります。
定期的な運動は、神経新生(脳内で新しいニューロンが育つこと)を促すようです。
「運動不足の人の脳でみられるのは、前頭葉への血流の減少です」とポーター氏は言いました。「座ってばかり、画面を見てばかり、体を動かさないといった現代の生活は、かつてのようには脳に負荷をかけません。
運動はその負荷を与えてくれます。それがないとストレスがたまり、ストレスはまず脳に表れることが多いのです」
前頭葉は意思決定、感情のコントロール、記憶をつかさどっています。また、運動は体をより穏やかな回復状態へ切り替えるのに役立ちます。
運動には炎症を抑える働きもあるようです。慢性的な炎症はうつ病との関連が指摘されているため、これは重要です。あるレビューでは、8~12週間続けて運動すると、抑うつ症状に関連する特定の炎症マーカーが低下したとされています。
時間がたつと、こうした変化は脳スキャンに表れます。1万人超の成人を対象とした2024年の研究では、運動の頻度が高い人ほど、脳の容積がわずかに大きい傾向がありました。脳の容積が大きいということは脳組織が多いことを意味し、思考力のテストやそのほかの認知機能の指標で、成績がよいことと関連づけられています。
「運動をよくする人は、脳がよく発達している傾向もみられます」とエティエンヌ医師は言いました。「脳の容積が大きければ、それだけ多くの脳細胞が保たれているということで、脳全体の機能に影響します」
一方、座りがちな行動は、海馬が小さいことや、脳のさまざまな領域どうしの情報のやり取りを助ける白質が、より多く損傷していることと関連しています。
こうした変化は、たまに頑張った程度では起こりません。アトランタを拠点とする運動生理学者で、人間のパフォーマンスを専門とする科学者のマーク・コバックス氏は、エポックタイムズにメールでそう語りました。脳の健康という観点では、神経系への刺激を長期にわたって繰り返すことが、持続的な変化を促します。
「私は経営幹部やアスリートに、『ときどき素晴らしい結果を出すより、いつも良い状態を保つほうがいい』とよく話しています」と、同氏は述べました。「認知機能の健康に関しては、無理のない続けられる習慣を定期的に行うほうが、不定期な高強度の運動より効果的です」
数年後
何年も定期的に運動を続けると、新しいことを学び、適応し、新たな要求に対応する力を、脳が保ちやすくなる可能性があります。
運動は、BDNF(脳由来神経栄養因子)などのタンパク質の働きを支えます。BDNFは脳細胞の成長や情報のやり取りを助けており、こうした変化を支える生物学的な土台の一部になっています。
「実際には、学習能力の向上、技能習得の速さ、適応力の高さにつながります」とコバックス氏は言いました。「高い成果を出す人では、技術を磨き上げるのが速くなり、頭の冴えが持続するという形で表れます」
研究では、運動が脳を守り、「認知予備力」と呼ばれるものを築くのに役立つことがわかっています。認知予備力とは、後年に脳が損傷や病気に見舞われても、持ちこたえやすくするための緩衝材のことです。
「認知予備力は、銀行口座のようなものだと考えてください。万一に備えて、いくらか貯蓄があるのは良いことです」とエティエンヌ医師は言いました。「貯金がまったくない状態で何かが起これば、困ったことになります」。同医師は一例として、一部の高齢者が夕方に経験する混乱、「日没症候群(サンダウニング)」を挙げました。予備力が多いほど、脳はそうした変化にうまく対処できるといいます。
運動によって血液の循環がよくなると、グリンパティックシステムと呼ばれる、脳が本来持つ老廃物の排出システムを支えるのに役立ちます。これは、アルツハイマー病などで、アミロイドのような異常なタンパク質の形でたまる毒素を取り除くのに役立つ可能性があります。研究によると、中年期以降も体を動かし続けている人は認知症のリスクが低い傾向がありますが、これもその理由の一つです。
2月に発表されたランダム化比較試験では、研究者らが309人の成人を2年間追跡しました。その結果、中程度の負荷と高負荷のレジスタンストレーニングは、脳スキャンで脳が若く見えることと関連しており、推定される脳年齢は、予想より約1.4~2.3歳若くなっていました。さらに、高負荷のレジスタンストレーニングには、高次の思考に関わる脳の領域どうしの情報のやり取りを改善する効果もみられました。
「運動をしないと、人は血圧や糖尿病、コレステロールの薬に頼るようになります。これらの状態はいずれも、脳にダメージを与えかねません。運動はそれらの予防に役立ちます」とエティエンヌ医師は言いました。「80歳の2人が、まったく違って見えることがあります。活動的な人は、老化にはるかにうまく対処できています」
効果的な運動の種類
運動は極端である必要はありません。効果的な習慣は、続けられる動きから始まります。
コバックス氏によると、ウォーキングのような低強度の活動でも、とくに気分、ストレス、創造性など、すぐに現れる認知面の効果には価値があるといいます。
「10~20分の散歩でも、頭がすっきりし、アイデアが浮かびやすくなることがわかっています」と、同氏は言いました。
ただし、軽い運動が回復や日常の脳機能を支える一方で、中強度や高強度の運動は、体力、神経可塑性、そのほかの脳に関する指標に、より強い効果をもたらす可能性があります。
「どちらか一方ではありません。両方を戦略的に組み合わせることが大切です」とコバックス氏は言いました。同氏は、少しの量でも1週間を通して体を動かし続けること、そして可能であれば、強度の高い運動を週2~3回組み込むことを勧めています。
「いきなり激しい運動から始めないでください」とエティエンヌ医師は言いました。「楽しめるものを見つけて、少しずつ増やしていきましょう。しばらく運動していなかった人は、まず医師に相談してください」
ラモス氏は現在、体重が約41kg減りましたが、同氏が語る変化は体重にとどまりません。
運動を始めたとき、同氏は運動に関する神経科学を知りませんでした。ただ、体を動かすことが、脳がずっと求めていたリセットのように感じられたことだけはわかっていました。今では、その理由を理解しています。定期的な運動が、コルチゾールの調整や炎症の緩和に役立ち、「脳に幸福への新しい道筋を教えてくれた」のです。精神的に強くなったと感じることで、ほかの面でも自分にはできると思えるようになりました。
夢の中の祖母のメッセージに始まったことが、1回の運動ごとに積み上げていける習慣になりました。
「人生は尊く、時間は儚いものです」とラモス氏は言いました。「エネルギーは通貨です。それをどこに使うかによって、どれだけ満たされていると感じるかが決まります」
(翻訳編集 日比野真吾)
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