唐の玄宗皇帝の時代に唐紹という役人がいた。彼は子供の頃から前世の出来事を鮮明に覚えていて、自分の生死を予測することができるという珍しい能力を持っていたが、この能力を持っていることは誰にも言わず、妻や子供でさえも知らなかった。
唐紹は門下省で日常業務を担当する給事中(注:官職名)になった。唐紹の家の向かいには李邈という郎官(護衛官)が住んでおり、唐紹は暇になるとよく李邈を訪ねては一緒に談笑していた。時に、唐紹は食事を用意し、二人で家の中の広間で向かい合って食事もした。 李邈は唐紹がどうして自分にこんなによくしてくれるのか、よくわからなかった。
唐紹の妻も、「今、あなたの名声は高く、皇帝の側でお仕えしています。ですから付き合いも慎重にしなければなりません。まして李邈は、あなたとは釣り合わないし、あなたは繰り返し彼に近づいているけれど、あなたにはふさわしくないと思います」と唐紹をたしなめた。
唐紹は妻の言葉を黙って聞いていたが、長い時間が経ってこう言った。「その理由はあなたが知ることではない。私と李邈の感情は、ありきたりな深さを超えているのだから」
唐の開元初年、唐玄宗は驪山で武事を講じ、唐紹は礼部尚書の職を代行した。武事を講じている間、式典で役人の失態があり、礼部を司っていた唐紹は罪を問われ、斬首と言い渡され、その執行人は李邈だった。
斬首される前日、唐紹は妻に言った。
「李邈との友情については、死ぬ間際にならないと言えない、いよいよその時が来た。私は子供の頃から前世を知る力を持っていて、明日、死ぬことから免れることはできないのだ」
そして唐紹は妻に、前世では、自分はある家の娘であったこと。成人して王という男に嫁いだこと。そして姑がとても厳しかったと、前世で起こったことを話し始めた。
「17歳のとき、冬至の前日に、姑が私に手料理を用意してくれと言った。やっと準備が終わって私は疲れていたが、姑は夜が明けてから客をもてなすために、今度は服を縫ってくれと言いだした。私は完成できないのではないかと心配で、一晩中休むことができず、薄暗い照明の下で縫っていた」
「そんなとき、部屋に入ってきた犬が、灯に触れて倒してしまい、縫った服の上に灯の油がかかってしまった。私は慄き、犬が憎くてたまらず叫んだ」
「服の汚れを取らなくてはと思い、ランプを灯し直してみると、服のあちこちが油で汚れていた。姑に責められるのを恐れ、私は犬が憎くてたまらず、ハサミで犬を刺した。刺した時、誤って犬の首を刺してしまい、ハサミの片方が折れてしまったので、もう片方で犬を激しく刺した。すると犬は死んでしまった」
「翌朝、汚れた服を持って義母に説明したら、義母は怒って私を叱った。そこに夫が帰ってきて、私が刺して殺してしまった犬を引っ張り出し、義母の前に置いた。これで、義母の態度も少しは和らいだ」
「その後、私は19歳で死んで。この世の私に生まれ変わった。そして前世に殺した犬は、李邈だった。俺は明日死ぬんだから、その報いだ。私を殺すのは、李邈に違いない。しかし因果応報は天理だから、恐れることはない」
案の定、翌日、唐紹は処刑され、李邈が刀を執った。唐紹を切る時、最初、刀が折れ、刀を変えてまた切ったら、唐紹は死んだという。前世、唐紹が娘だった時に、犬を刺した時と同じだった。因果応報は確かにある。
『唐書』によると、玄宗はやがて唐紹を殺したことを後悔し、李邈があまりにも早く処刑したことを不満に思い、それから玄宗はずっと李邈を登用することはなかったという。
参考資料:『太平広記』
(翻訳 源正悟)
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