大紀元時報
台灣・歴史文化にふれる旅@北投温泉博物館編

台湾にある東アジア最大の公衆浴場

2018年11月14日 07時45分

北投温泉の親水公園内にあり、北投渓に近い北投温泉博物館は日本統治時代「北投温泉公衆浴場」として大いに賑(にぎ)わっていました。建設が開始された1910年(明治43年)当時は、庶民が気軽に温泉を楽しめる場所が少なかったこともあり、地元の人たちの陳情を受けた当時の台北州庁長、井村大吉がもともとあった公衆浴場「瀧乃湯」を改築、拡張工事を行って北投温泉公衆浴場としました。1913年に浴場が正式に落成すると、さらに周囲に北投公園を建設、徐々に北投温泉郷として姿を整え、発展していきました。

 

 

同公衆浴場は静岡県伊豆山温泉を手本に、当時5万6千円を投入しての完成です。1923年には当時皇太子だった昭和天皇が訪れるというので、さらに1万7千円をかけて増築し、和風と洋風をミックスさせたエキゾチックな大浴場が誕生しました。これ以後、北投公衆浴場は台湾を代表する温泉建築として、また東アジア最大の公共浴場としてその名を広く知られるようになりました。

しかし戦後、台湾が中華民国に返還された後は管轄部門が次々と変わり、一度は倉庫に使用されるなど荒廃し、人々から忘れ去られていました。ところが1994年、北投国民小学の生徒と教師が授業でこの公共浴場のことを知り、付近の住民たちとともに台北市に熱心に働きかけた結果、内政部から三級古跡に指定されました。そこで、台北市が中心となって北投温泉をテーマとした博物館の設立を計画、1998年10月31日にオープンしました。

北投石は世界で唯一、台湾の地名が付けられ、世界では北投と日本の玉川温泉にしかないという貴重な鉱石です。地熱谷から湧き出る硫酸鉛やバリウム、ラジウムなどを含む湯が北投渓の流れと交わり、水温が下がって鉱物の結晶が川石に付着してできたもので、微量の放射能をもち、日本統治時代には「天然記念物」に指定されていました。

編集・望月 凛)

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