大紀元時報
トップ文化・歴史 後漢(東漢)
後漢(東漢)
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2020.04.03
親孝行
母親思いの6歳の子どもがとった行動とは

東漢のころ、陸績(りくせき)という非常に博識で多才な男性がいました。呉郡呉県(現江蘇省蘇州市)出身で、天文暦学に精通し、「渾天図」を著しました。また、「易経」と「...

大紀元
2019.10.03
曹操も捕まえられない人

曹操は、「一匹だけでは足りない、もう一匹取れるか?」と聞きました。左慈は釣り餌と釣り針を変え、もう一匹の鱸を釣りました。いずれも元気よくぴんぴん跳びはねていました...

vivi14216 / Pixabay
2019.08.29
三国時代の名医、華佗の物語

華佗(かだ)は、字が元化で、名が敷と言い、後漢末期に生まれ、三国時代の名医でした。華佗は少年時代から故郷を離れ、遊学し、仕途を求めず医術を研鑽しました。彼は幅広い...

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2019.02.15
親孝行
母親思いの6歳の子どもがとった行動とは

東漢のころ、陸績(りくせき)という非常に博識で多才な男性がいました。呉郡呉県(現江蘇省蘇州市)出身で、天文暦学に精通し、「渾天図」を著しました。また、「易経」と「...

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2019.02.09
親孝行
夏には枕を扇ぎ、冬には布団を暖め

漢の時代、江夏安陸(現在の湖北省安陸市)という所に、黃香(こうこう)という孝子がおり、9歳の時に母を亡くしました。家が貧しいことを知っており、子どもながらも苦労を...

「曹大家授書図」(清・金廷標 / 國立故宮博物院・台北 / パブリックドメイン)
2018.09.30
【絵画鑑賞】宮廷で授業をする才女・班昭

中国後漢の時、班昭(はん しょう、45年 – 117年)という一人の才女がいました。彼女は当時の文豪・班彪(はん ひょう、3年 – 54年)の娘でした。班昭は才徳...

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2018.09.02
中国古代の官吏物語
一銭太守

劉寵は後漢の時の東莱郡牟平(現在の山東省)出身の人。漢の桓帝の時、彼は会稽郡の太守を担当し、在任中、煩雑な政令や刑罰の法を簡略化し、厳格に法律に基づいて物事を進め...

(Fotolia)
2018.03.04
糟糠の妻

貧乏暮らしをしながら献身的に夫を支える「糟糠の妻」という言葉。最近では、成功した芸能人が苦労を共にした妻を捨て、不倫に走ったといったスキャンダルが目立ちますが、こ...

「扇枕温衾」(枕を仰ぎ、ふすまを温む)。父親思いの子供のお話です(shutterstock)
2017.08.28
親孝行
【二十四孝】枕を涼しくし、布団を温める

漢の時代、江夏安陸(現在の湖北省安陸市)という所に、黃香(こうこう)という孝子がおり、9歳の時に母を亡くしました。家が貧しいことを知っており、子どもながらも苦労を...

6歳にしてすでに親孝行だった陸績。博識多才な歴史人物としてしられる(図:大紀元資料室)
2017.05.26
有名なエピソード
【二十四孝】母親思い 6歳の子どもの親孝行

東漢のころ、陸績(りくせき)という非常に博識で多才な男性がいました。呉郡呉県(現江蘇省蘇州市)出身で、天文暦学に精通し、「渾天図」を著しました。また、「易経」と「...

出土した中国古代の貨幣。古銭には、向かって右に「貨」、左に「泉」の文字がある(南あわじ市教育委員会)
2017.05.19
日中文化
弥生時代の日本へ 中国の貨幣を発見=淡路島

紀元14~40年にかけて中国古代「新」「後漢」時代で鋳造されたとみられる貨幣「貨泉」3枚が、兵庫県淡路島の入田稲荷前(いりたいなりまえ)遺跡で見つかった。

(TANAKA Juuyoh /Flickr)
2017.05.15
故事
人を誤解することは容易だが、真意を知るのは難しい

後漢の頃のお話です。廬江県(現中国安徽省合肥市)出身の毛義(もう・ぎ)と東平県(現山東省泰安市)出身の鄭均(てい・きん)は二人とも誠実で温厚な人物であると評判でし...

老いた母親を背負う息子(ネット写真)
2017.04.26
孝は百行の本
【二十四孝】母を背負い難を逃れ 貧乏でも親孝行を尽くす

東漢の時代、斉国・臨淄(りん・し、現在の山東省淄博市)に江革(こう・かく)という親孝行の子供がいました。彼は幼少期に父を亡くし、母と二人暮らしでした。貧しかった江...

中国では昔から親孝行についての物語が多い(shutterstock)
2017.03.17
古人の考え
【二十四孝】自分の身を売って父を葬る 

中国の漢の時代、千乗(現在の山東省博興県)に董永(とう えい)という人がいました。彼は幼くして母親を亡くし、父親と二人で田を耕し貧乏暮しをしていました。董永は非常...

(Fotolia)
2016.04.13
中国のことわざ
為善最樂(いぜんさいらく)

「為善最樂」。善いことをすることが、最高の楽しみだということわざです。社会が今のように複雑ではなかった古代、このような純粋な境地に達した人がたくさんいたのかもしれ...

(大紀元資料室)
2016.04.06
古代中国の物語
天地を動かした 嫁の親孝行 

 後漢時代、四川広漢出身の姜詩(ジャン・シ)は、厖三春(パン・サンチュン)を娶って息子をもうけ、姜氏の母親と4人で暮らしていた。母親が川の水を好むため、厖氏は3~...

(光武帝/ウィキペディア)
2016.02.15
弟子規 (25)

自分に能力があったら、自分のことだけを考えるのではなく、人を助けることも考える。人に才能があったら、それに嫉妬したり、人の悪口を言ったりしない。お金に困っている人...

(Fotolia)
2015.11.27
寛容な心に涙した泥棒

東漢の時代、名士・陳寔(ちんしょく)は自分を厳しく律し、機会を見つけては自ら手本を示し、子供たちを教育していた。 大洪水に見舞われた年、多くの村は深刻な被害に遭...

2015.04.17
【日本語に生きる中国故事成語】 雲泥の差

少し古いが、『AERA』に「日本人大学生よ、もっと頑張れ」と叱咤激励したくなる記事があった。

mk_is_here/Flickr
2014.12.30
ー城門を開かなかった城門管理者ー

【大紀元日本12月30日】(一)皇帝に城門を開かなかった城門管理者 中国の東漢時代、夜になると城門を開けてはいけないという法律があった。漢光武帝建武十三年(紀元三...

(図:柚子)
2013.08.06
【日本語に生きる中国故事成語】カラスは「烏合の衆」にあらず

【大紀元日本8月6日】 海江田氏「もう烏合の衆はいけない」と団結強調(読売新聞、2013.2.17) 今年2月、民主党の海江田氏が代表就任後初めて香川県を訪れ、党...

29cm/Flickr
2013.07.16
徳で人々を感化する

【大紀元日本7月16日】魯恭は、東漢扶風平陵の人である。幼い頃から《五経》や《魯詩》などを学び、礼儀に精通し、名が広く知れ渡っていた。県の長官は彼の家が貧しいこと...

成語典故(図:柚子)
2011.05.16
【日本語に生きる中国故事成語】 「孫の手」は「麻姑」さんの手?

 【大紀元日本5月16日】「Magonote.info」というサイトをご存知でしょうか。「そんなのあるの?」というびっくり情報や、「そこだよ、そこ!」というピッタ...

成語典故(図:柚子)
2010.10.16
【日本語に生きる中国故事成語】 五里霧中

 【大紀元日本10月16日】衆院選での圧勝を受け、昨年9月に成立した鳩山民主党内閣。久々の非自民政権に何かが変わるかも、と期待が持たれたが、普天間基地移設問題が暗...

成語典故(図:柚子)
2010.06.12
【日本語に生きる中国故事成語】登竜門(とうりゅうもん)

 【大紀元日本6月12日】ブログで日記を公開すれば、プチ「作家」。おしゃべりをそのまま携帯に流しただけで、ケータイ「小説家」。少しお金を出せば、自費出版で見栄えの...

(China Photos/Getty Images)
2010.06.02
【中国のことわざ】 倒履相迎

【大紀元日本6月2日】日本にもファンが多い三国志。蔡邕(さいよう)、王粲(おうさん)の名を知る人も多いかもしれない。二人とも当時の一流の文人である。 蔡邕は後漢の...

2009.08.08
中華文明の薀蓄「糟糠之妻」

 【大紀元日本8月8日】宋朝の蘇軾による『東坡志林・梁賈説』には、「富貴に居る者は、糟糠を易からず」とある。そして明朝の不詳の作者による『鳴鳳記・鶴楼起義』にも、...

2007.08.26
「二十四孝:黄香」 「枕を扇ぎ布団を暖めて」父に孝行

 【大紀元日本8月26日】黄香は東漢江夏の人。九歳のときに母を亡くし、母への思いは一際深いものがあり、人々は彼を孝行者と褒め称えた。 黄香は勤勉で、辛さを恐れず、...

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