【紀元曙光】2020年7月10日

無常観という概念が、日本の中世文学の中心に存在する。
▼常(つね)なるもの無し、という。それが日本人の揺るぎない背骨になったのは、歴史の区分で言うと平安時代末期から鎌倉時代だろうか。平安王朝期には、心に染みる情感としての「をかし」や「あはれ」はあるが、人の世を大きく受けとめて、変遷する万物のはかなさを心静かに詠嘆する無常観は見られない。
▼「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」。有名な冒頭で知られる『平家物語』は、作者は伝わらず、時期もはっきりしないが鎌倉時代の成立らしい。祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)とは、古代インドのコーサラ国で釈迦(しゃか)が説法を行った寺院をさす。
▼『平家物語』は、書物や読本としてよりも、盲目の琵琶法師が語り唄う平曲(へいきょく)によって広まったとされる。平曲は、すでに途絶えたが、江戸期に復元されたものが今日に伝わっている。
▼その冒頭に続く一節で、『平家物語』は、日本から見て異朝である中国において、各王朝を亡ぼした悪政の元凶を列挙している。その名、秦の趙高(ちょうこう)、漢の王莾(おうもう)、唐の禄山(安禄山 あんろくざん)など。「これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れん事をも悟らずして、民間の憂ふる所を知らざりしかば、久しからずして亡じにし者どもなり」。
▼奢(おご)れるもの久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。『平家物語』は太政大臣まで昇りつめ権勢を極めた平清盛を意識しているので、為政者の暴政に対する批判が根底にある。(次稿へ続く)