三国志 ビジネス考

能ある鷹は爪隠す 陸遜の演技能力から学ぶビジネス能力

陸遜は三国鼎立の時代を迎え、赤壁以後の、呉と蜀が争う真っ只中で、荊州とよばれる地域を奪取しました。
ここでは陸遜の類まれな才能、演技能力からビジネスで役立つ部分を見てみましょう。

1-1.陸遜とは

陸遜は孫権に仕え、凶作の地域でまた、賊で苦しむ人々を救うことで、地位を上げました。
当時、荊州は呉と蜀で2分され、それぞれ呂蒙と関羽がこの地域を守っていました。
この地域を奪取したかった呂蒙は策を打ち、あまり蜀に知られていない人物たる、陸遜を荊州に赴任させました。

関羽は当然、警戒しますが、手紙で懐柔されるうちに、さしたる脅威はないと考え、警戒をときます。
警戒を説いた束の間に、陸遜は呂蒙と蜀軍を急襲し、荊州を鎮圧、関羽や関平を捕え、処刑します。

その一報を聞いた劉備はこれに怒り、出陣します。これが「夷陵の戦い」に発展します。
しかし、夷陵の戦いも陸遜により、蜀軍の疲れが見えた頃、一気呵成に攻め落とす、という方法で勝利を収めます。
この以後、荊州は陸遜が守ることとなり、また劉備は、白帝城にてその生涯を終えることとなりました。

1-2.陸遜の演技能力

陸遜の演技能力は、先程の手紙からも読み取ることができます。
関羽は、武勇にも義理にも堅い人といえ、よく知られています。その関羽を称えるような手紙を贈り、油断したところを一気に攻め落としました。
油断させるような内容を事前に考え、図った内容通りに、ことを進めた点は、称賛に値するでしょう。

また、夷陵の戦いでは、当時42歳と若いながら大都督を命じられた陸遜です。
老将や諸将の前で剣を手に掛け、発破をかけることで、結果的には勝利を収め、能力を対内的にも示しました。
そこに至るまでの行為がすべて演技かは別として、いかんなく自らの立場と力を利用し、戦略立案を行い、勝利を収めた点は、当初の関羽を捕らえたことから始まり、大きな意味合いがあるといえます。

2.陸遜から学ぶビジネス能力とは

陸遜は以上の状況から「相手のことを深く知った上で、物事を判断する」能力に長けていたと推察します。
これは、現在のビジネスでも大いに役立つでしょう。

たとえば、関羽を捕らえた話や夷陵の戦いをビジネス風に言い換えるなら、「競合分析を行い、自社の良さを最大限発揮できる市場において勝負」を行った結果「マーケットバリューを取得」できた、でしょう。

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また、社内で自分の実力を過小評価されている状況を知った上で、戦功を立てることで周囲を納得させるという方法は、それが最も効果的であることを知った上での行動と言えるでしょう。

3.まとめ

陸遜の演技能力から、その後の呉の行動を見て、ビジネスに役立つ部分を簡単に解説いたしましたがいかがでしょうか。
敵側関羽の観点では、自分の能力を過信せず、状況を推察すること。
陸遜からすると、敵情を知った上でどのように対策し、どう攻めるかを呂蒙と相談できる環境にあったこと。
この2つが遠因として、ビジネス上でも、大きな分かれ目になったのかもしれません。

陸遜のように、状況の推察ができるようになれば、どんな状況下でもベストな選択ができるかもしれませんね。

(大紀元日本ウェブ編集部)