曾錚コラム

命に換えても大事にするだけの価値があると思えるもの

今からちょうど20年前の夏。私のもとに、四川省に住む妹からある修練法の書籍4冊が送られてきた。一気に読み終えた。さらにもう一度読み返したとき、私の心には、この「法輪功」を修練しようという気持ちが芽生えていた。

妹に電話をかけ、北京で功法を教わることのできる場所はないかと尋ねた。すると、「公園へ行くといいわよ。大きな公園なら、たいてい練功場があるはずだから」と教えられた。

さっそく近所の陶然亭公園や、天壇公園に2日続けて足を運んでみた。だがそれらしい集団は見当たらない。3日目にふたたび天壇公園を探したところ、南門のあたりで気功を行っている人たちを見つけた。「あの人たちかしら?」。胸が高鳴った。

ついに自分の居場所を見つけたという高揚感と、この上ない安心感で心が満たされた。まるで、私の身体も心も一瞬にして、まばゆい光と感動に包まれたかのようだった。

その日から、私は毎日この場所で、朝6時から8時まで練功に参加するようになった。どんなに天気の悪い日でも、練功を終えてから出勤した。

練功を始めて、小さなことだが、心動かされる二つの出来ごとがあった。

一つ目は、法輪功の本を購入した時のことだった。学習を始めて法輪功のすばらしさに目覚めた私は、いつでも人に勧められるように『転法輪』を常に何冊も用意していた。

ある日のこと、練功場の指導員から『転法輪』を1冊購入したところ、定価は12元なのに8元でいいと言われた。不思議に思って理由を尋ねたところ、彼女は「8元は卸値なんですよ。学習者が購入しやすいように卸値で本を提供しているのです」とにっこりして答えた。

二つ目の出来ごとが起きたのは、法輪功の修練を始めてしばらく経ってからだった。別の気功を習っていたとき、しばしば「電池代」を払うよう求められていた。練功の際にテープレコーダーで音楽を流すため、参加者が電池代を負担することになっていたのだ。

だが、法輪功の仲間に加わってしばらく経っても、誰からも電池代を求められない。どうしても気になったので、ある日練功仲間に「最近、電池代を徴収されたかしら?だれからも支払うよう言われないのだけど」と尋ねてみた。

すると彼女は笑いながら「あそこに指導員が3人いるでしょう?あの人たちが充電式の電池を買って、空になった電池を順番に持ち帰って自宅で充電してくれているのよ。だから電池代を集めたりはしていないの。本当は、あの人たちがみんなの分を負担してくれているのよね」と教えてくれたのだ。

中国では、すべてが金儲けに目を奪われ、金のためなら何をしてもいいという社会になっている。私は名前も知らない彼らの清廉さから、知らぬ間に恩恵を受けていた。彼らにとっては当然のことをしたまでで、苦労と負担した分をみんなから徴収したり、お礼を受け取らなければならない、などのことは少しも考えていなかっただろう。

常に他者のことを一番に考える人間になろうと心の底から思える功法には、命に換えても大事にするだけの価値がある、と私は考えている。


作者・曾錚

1966年生まれ。1991年北京大学理学博士号取得。中国国務院発展研究センターに就職。1997年に法輪功の修煉を始め、C型肝炎を自己治癒させた。2000年、弾圧政策下の法輪功をネットを通じて「国際社会に宣伝していた」として逮捕された。収監中、家族の脅迫や虐待など、心身の拷問を受ける。2001年に釈放、オーストラリアに亡命する。

2013年、中国共産党による文化大革命や法輪功迫害について伝えるドキュメンタリー映画『フリー・チャイナ』主演。映画はロサンゼルス独立映画祭やデンバー思想自由国際映画祭の最高賞など、米国はじめ多くの映画祭で賞を受賞した。現在は、中国の人権問題などについて執筆活動を続ける。

(翻訳編集・島津彰浩)